第254話 論文の種

 怖気付くのはしょうがない。それ程までの圧倒的な魔力だよ、これは……。

 でもそれを受け入れて前に進めるかどうかが問題だ。

 そうさ、俺は男の子! 壁をブチ破ったおとこだ! ここでも頑張ってスミレに褒めてもらうのだ!


 さてどうするか。

 まずは予定どおりエンヴァラの民に邪魔されないようにしないと駄目だな。


 周囲にはエルフが数人いる。遠目から怪訝そうな顔で俺を見ていた。


 早速、追っ払うか。


「俺はエクス帝国ジョージ・グラコートだ! これより世界樹周辺を立ち入り禁止とする! 早急に立ち去れ!」


 間髪入れずに詠唱を開始する。


静謐せいひつなる氷、悠久ゆうきゅうの身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】


 周囲にいたエルフ達の足元に200本を超える氷の矢が突き刺さる。


「今のは警告だ! 次は確実に当てる! 早く俺の視界から消え失せろ!」


 悲鳴を上げながら逃げ出していくエルフ達。


 あ、1人腰抜かして逃げ遅れている……。まるで産まれたての仔馬のようになっているわ。時間が無いのに困るなぁ。

 ほら、ギュンターさんとボードさんが到着しちゃったよ。


「ジョージ様は身体能力向上の体内魔法も規格外なんですね。あんな速さは見たこと無いですよ」


 ボードさんの賞賛が心地良いのぉ。


「そうですね。体内の魔力循環を丁寧におこなえると身体能力向上も飛躍的に伸びますよ。俺も最近コツを掴んだところなんですよ」


 ギュンターさんが俺とボードさんの話に割り込んでくる。


「コツがあるのですか! 是非教わりたいです! いや、教えてください!」


「別に構わないよ。今度、時間がある時にね」


 あ、こんな会話している場合じゃないじゃん! どれ、シーファはもう少しで到着かな。少し離れてエンヴァラの集団がこちらに向かっている。マルス・ウィンミル親衛隊長とクロル・ウィンミル元帥の顔も見えた。


 どれ、上手くいくかなぁ。


静謐せいひつなる氷、悠久ゆうきゅうの身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】


 エンヴァラの集団の少し前を狙ってアイシクルアローを放つ。

 200本を超える氷の矢が壁のようになり集団の行く手を遮る。

 よし! 立ち止まったな。


【堅固なる岩石、全ての災いを跳ね返す壁となれ、ロックウォール!】


 エンヴァラの大通りに5メートルほどの岩の壁が出現した。

 これで取り敢えずの時間稼ぎができる。


 シーファが息を切らせながら到着した。


「すいません。遅くなりました」


「別に遅くないよ。ギュンターさん達は騎士団だから体内魔法が得意なんだよ。それより急ぐよ。エンヴァラの人達に邪魔されたくないからね」


 俺は頬を叩いて気合いを入れる。まずはこの魔法を成功させることが事の成否を決めるからね。


【堅固なる岩石、全ての災いを跳ね返す壁となれ、ロックウォール!】


 10メートル程の高さの岩の壁を世界樹を取り囲むように出現させる。世界樹と岩の壁の距離は10メートルほど。岩の壁の表面はツルツルにし、強度はジョージ印の保障が付けられる品質。


 これだけ大規模な魔法は初めてだよ。ごっそりと魔力を消費したため、軽く目眩がした。まだまだ魔力量には余裕があるけど、一気に魔力を減らしたからか。


 しかしこれで世界樹がある内側と外側に分ける事ができたな。今、内側にいるのは俺とギュンターさんとボードさんとシーファの4人。

 …………。あれ? もう一人魔力反応がある?

 あ、腰抜かして動けないエルフが内側に取り残されているよ。ドタバタしていて忘れていたわ。

 ま、一人なら邪魔されないか。放置やな。


「アマル姫じゃないですか! 大丈夫ですか! お怪我はありませんか」


 腰を抜かしていたエルフに慌てて近寄るシーファ。


 アマル姫って確か長老の娘だよな。ライドさんと結婚するはずだった人だ。

 へぇー、なかなか可愛い女性じゃん。ちょっと気が強そうな顔をしているけど。


「シルファ! 何がどうなっているのです! 早くあのジョージとかいう男性を捕らえなさい!」


「アマル姫の命令でもそれはできません。ジョージ様は私の全てです。それに私は親衛隊を退団しました。貴女の命令を聞く必要もありません」


「親衛隊を退団したってどういう事なの! 貴女はウィンミル家に忠誠を誓っていたではないですか!」


「ウィンミル家に忠誠を誓った覚えはありません。勘違いしないでいただきたい。私はあくまでも母なる世界樹に仕えていました。それはそうと先程貴女はジョージ様を呼び捨てにしましたね。過去の関係から今回は不問に致しますが、今後ジョージ様に無礼な発言をすれば許しません」


「許さないってどういう事かしら。別にシルファに許される必要なんて無いんですけど。【純潔の森風】と呼ばれたシルファも形無しだわ。男を全く寄せ付けなかった貴女が、そこの馬の骨に骨抜きにされたみたい。どうやらジョージとやらは馬並みの者をお持ちなのね。男性経験の無かったシルファがそこまで入れ込むなんて、相当夜の腕前が凄いのでしょうね」


 無言で剣を振り上げるシルファ。


 おいおい、遊んでいる場合じゃないんだよ。


「シルファ! そんな腰抜け姫はほっとけ。相手をすると自分の品位が損なわれるぞ」


 俺の言葉にシルファは振り上げた剣を下ろす。そして冷たい目線をアマル姫に落とす。


「確かにジョージ様の言うとおりですね。結婚式の当日に新郎に逃げられる奴が何を言っても気にする必要がありませんでした。それにしても貴女は腰が抜ける癖があるみたいですね。いろんな男をつまみ食いして、ベッドで盛大に腰を振り過ぎているからですよ。いつも腰が抜けるほど快感だったと言ってましたからね。長年の友としての忠告です。少しは自重したほうがよろしいかと思いますよ」


 アマル姫は腰が抜けるほどの性行為をしているのか!?

 この娘、一応独身だよな。なかなか開放的な性の考えを持っているようだ。


 顔を赤くするアマル姫。羞恥と怒りの表情だ。

 あ、これは面倒になりそう。


【堅固なる岩石、全ての災いを跳ね返す壁となれ、ロックウォール!】


 アマル姫の身体を岩の壁で固めた。頭だけが岩の塊から外に出ている。息ができないと死んじゃうからね。

 あ、これってとても有用性が高いな。何で気が付かなかったんだろ。無抵抗にさせるこんな有効な魔法が存在するとは。これは論文発表できるじゃん。


「何すんのよ! 早くこれを何とかしなさい! この××! ×××、××××!」


 なるほど。無抵抗だが悪態は付けるか。これは改良が必要かもな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る