第247話 エンヴァラの成り立ち

 目の前には魔術射撃場だったものが見える。

 この瓦礫の山が俺がストームブレードを放った結果だ。興奮状態で我を忘れていた事と、シルファさんに良いところを見せたいという願望が必要以上に出てしまった。

 自分の事ながら痛過ぎるわ。虚栄心の塊だよ。


「凄い、凄すぎます……。これは人間業にんげんわざではない……。これこそ天の裁き……」


 シルファさんが変な事を口走っているわ。まぁ調子こいて無数の風の刃を放ったからな。そういえば俺の風の刃も薄い緑色をしていた。前にオーガを切り刻んだ時は無色透明だったよな。なんでだろ?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺とシルファさんは魔法射撃場から砦の食堂に場所を移した。食堂はお昼には早い時間だったため、閑散としている。


「ドラゴンはやはり迫力がありますか?」


「そうだね。初めて魔力ソナーでドラゴンを感知した時は膝が震えて止まらなかったよ」


「ジョージ様でもそのような状態になるのですか……。でも今では一日に数体のドラゴンを討伐なされているのですよね? そのような恐怖を感じたドラゴンを今や克服しているわけですから凄いです」


 食堂に場所を移してから、俺はシルファさんから質問攻めにあっていた。

 そして何故かペラペラ喋ってしまう俺。

 シルファさんって聞き上手だよな。俺の自尊心をくすぐりながら、感心した表情で俺の話を聞く。これだけ反応が良いと気持ちが良くなるよ。あまり自分の事は話さない方が無難なんだろうけど、どうでも良くなってくる。

 い、いかん。エンヴァラはまだ敵対する可能性がゼロではない。自分の情報をペラペラ喋ってはダメだ。ダンに叱られちゃうよ。


「悪いんだけど、情報収集なのかな? まだエンヴァラとは敵対する可能性があるから、これで終わりにしよう」


「あ、これはすいません。そのように受け取られたのなら私の不徳の致すところです。ジョージ様に害をなそう等とは微塵も考えておりません。むしろ逆です」


「逆?」


「ジョージ様に私の主になっていただきたいのです。その為、私がジョージ様の手助けをどのようにできるか考えようと思いまして、お話を聞かせていただいてました」


「主? 部下になりたいって事?」


「お話が長くなりますがご容赦ください。まずはエンヴァラの成り立ちから説明させていただきます。エンヴァラは母なる世界樹が全ての中心です。母なる世界樹に魅入られて、一人、また一人と集い、集落になりそれがエンヴァラになった。世界樹が存在するからエンヴァラが存続できるのです」


 成る程。世界樹に引き寄せられてできた集落がエンヴァラなのね。

 世界樹の実が無いと子孫が残しにくいエルフだもんな。


「現在、世界樹は枯れかけています。エルフの長老が代々世界樹に魔力を送って耐えています。それでも枯れさせないのが限界なのです。世界樹に魔力を送ることは精密な魔力制御が必要のため長老しかできません。長老の家はウィンミル家と申します。精密な魔力制御に優れた家なのです。そして私の家のミラゾール家は長老を輩出するウィンミル家を支える家です」


 そういえばサイファ魔道団長はミラゾールって名前だったな。

 でもミラドール家がウィンミル家を支える家ならば、何でシルファさんが俺を主としたい?


「ミラゾール家がウィンミル家を支え続ける理由はただ一つです。母なる世界樹の存続。ミラゾール家は世界樹に仕えていると言って過言ではありません。姉のサイファは世界樹の存続を諦めエンヴァラを離れました。兄のライドと長老の娘のアマル姫の婚姻は魔力制御の高い子孫を残す為の政略結婚です。今の状況では子供が授かる可能性はほとんどありませんですが……」


 ライドさんは政略結婚か。逃げたくなるのも理解はできるなぁ。


「世界樹が枯れたら求心力が無くなり、エンヴァラは崩壊します。そしてエルフは子孫が残せなくなる。今のエンヴァラの民は諦めの心境が蔓延しております。最後まで足掻こうとする者、子孫を残す事を諦め好きに生きようとする者、ただ傍観している者。進む方向性は違いますが、全て負の感情を抱いています。そして私は最後まで足掻こうとしております」


 絶望が蔓延しているのね。エンヴァラの中心が世界樹、そして世界樹の実が無いと子供が授かりにくいエルフ。エンヴァラの滅亡とエルフの種の滅亡が現実に感じられているのか。


「シルファさんは世界樹の復活に最後まで足掻こうとしているんでしょ? それなら何で俺を主にしたいの?」


「最後まで足掻くと覚悟していても、心は疲弊するのですよ。まだ大丈夫、きっと世界樹は復活すると心に言い聞かせておりますが、同じように、無駄な努力だ、現状を受け入れろって心の声も聞こえます。その声を否定し続けるのにも疲れ果てました」


 少し疲れた顔を見せるシルファさん。

 しかし息を一つ吐いて笑顔に変わる。


「ジョージ様は間違い無く伝説の魔導師です。砦の前で放たれたアイシクルアロー。その魔法を見た時の衝撃は私は一生忘れません。西日を背中に浴びて黒のシルエットのジョージ様……。日が落ちる状況のエンヴァラとエルフを救いに来た救世主。心が震えました。簡単に浮かれたかったのですが、私はそれを戒める立場でした。姉がエンヴァラを去り、兄が出奔。それでも頑張ってきました。でももう無理です。今日の魔法射撃場のアイシクルアローとストームブレードを拝見して理解しました。ジョージ様が世界樹を救えなかったら誰も救えないです。全てをジョージ様にお任せいたします」


「まぁそれは理解したよ。俺も世界樹の実が欲しいから全力は尽くすさ。でも俺がシルファさんの主になる意味がわからないよ」


「それは当然ではないですか。ジョージ様の魔力制御の水準で考えると、間違い無く長寿か不老不死です。ジョージ様はこれから長い期間世界樹の守り神になります。ミラゾール家は世界樹に仕える家。それならば世界樹の守り神になられるジョージ様を主と仰ぐのは必然です」


「それなら世界樹が復活してからで良くない? 駄目な場合もあるでしょ?」


「万に一つも無い可能性ですが、もしそうなれば私は世界樹の呪縛から解かれます。その後は人生を好きに生きようと思います。私はジョージ様の側で生きたいですから、同じことです……」


 頬を赤くして俯くシルファさん……。

 あれ?


「あ、あの……。俺は女性はスミレだけで間に合っているんですけど」


「理解しております。結婚してくれ、愛してくれ、なんてお願いいたしません。ただ私を飼ってください」


 カッテクダサイ・・・・・・・

 間違いなくそう言ったよな……。


「聞き違いかな? 何かカッテクダサイって聞こえたんだけど」


「聞き間違いではないですよ。私はジョージ様に飼われたいのです。貴方の愛玩動物になりたい。そして私が悪いことをしたらしっかりと調教して欲しいのです」


 目が怪しく光るシルファさん。

 背中に寒気が走った……。

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