第244話 生兵法は大怪我の基

 冷静になれ! ジョージ!

 選択肢は二つ。

 一つはこのままプリちゃん。

 もう一つはシルファさん。

 どちらも被虐性愛に目覚めたと思われる変態。ただプリちゃんはエクス帝国の帝都まで押しかけそうだ。それに目覚め具合いもプリちゃんが酷い状態だよな。

 シルファさんの方が幾分マシか……。


 なんか罰ゲームを選択させられた感じだよ。


「シルファさんにお願いした方が良さそうだ。でもプリちゃんは納得するの? 親衛隊を除隊して俺に纏わりつかない?」


 お得意の黒い笑みを浮かべるシルファさん。悪い事考えているんだろうなぁ。


「任せておいてください。そこはどうにか説得できます。善は急げです。早速、調整してまいります。ジョージ様はこのまま私の執務室で寛いでいてください」


 そう言って慌ててシルファさんは立ち上がる。

 シルファさんが執務室を出る時に小さく呟いた一言が俺の耳に届く。

 

「ご主人様……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 うーん。


 シルファさんの執務室の来客用ソファで腕を組んで考えをまとめている俺。


 先程は冷静になれって自分に言い聞かせていたけど、やっぱり冷静じゃなかったのか?


 秘技【嘗め回すような視線】を完成させるにあたり心理学を勉強したんだよな。心理学自体が楽しくて俺は一時期ハマってしまった。

 その時に知った係留効果。


 確か最初に提示する条件が、その後の交渉条件に影響を与える効果だ。

 まずは一つ一つ他の条件を潰していく。そして最初の提示条件が現状から変更無しのプリちゃんがお世話係。俺が途方に暮れたのを確認してから、満を辞して次の提示をする。それがシルファさんがお世話係になる事。


 最初からシルファさんがお世話係になると提案されたら心理的に抵抗したかもしれない。しかしプリちゃんしか選択肢が無いと丁寧に説明されて、その後にシルファさんがお世話係になると提案されたから、あまり心理的な抵抗を感じなかった。


 それにこれは肯定的二重束縛だったような……。

 お世話係をプリちゃんかシルファさんのどちらかを選択する考えになっていた。

 お世話係が無くても良いはずなのに……。


 朝から元気よくプリちゃんから俺のお世話係になりましたと挨拶された。まるでお世話係を設置するのが当たり前のように……。気がつくとそれを無意識に受け入れていたよ。


 よくよく考えれば、お世話係なんて無くても良いし、この砦に滞在しなくても問題無い。まぁ野宿は疲れるけどね。


 いろいろと行動心理学の技能を使ってきているみたいだ……。

 あぁ、本当にダンがいないのは厳しいよ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 執務室に紅潮した顔で戻ってきたシルファさん。早速、答え合わせをしてみようか。


「いろいろと調整してくれてありがとうね。ちょっと俺の疑問に答えてくれるかな?」


 俺は先程考えた内容をシルファさんに話す。シルファさんの顔に動揺の色は表れない。あれ? 見当違いなのかな?


「ジョージ様は博識でもあるのですね。感服致しました。しかし今回の件では、少しばかり考え過ぎていらっしゃるようです。ジョージ様にお世話係を付けたのは、あくまでジョージ様が快適にエンヴァラで過ごせるように考えた結論です。これも全てエンヴァラがジョージ様、そしてエクス帝国との友好を重要視している事を内外に示すためにしている事です。ジョージ様がお世話係を拒否するのならばそのように致します。しかしそのような事になれば、あとから私が長老から叱責されてしまいます。できればエクス帝国とエンヴァラの友好のために、ジョージ様にはこのままお世話係を受け入れていただけると助かります」


 ありゃ? 見当違いだったのか?

 これこそ生兵法なまびょうひょう大怪我おおけがもとか。

 俺の行動心理学は別に誰かに習ったものじゃ無いしね。


 エクス帝国とエンヴァラの友好のためか。それなら受け入れるか。わざわざ仲を悪くさせる必要も無いしな。


「了解したよ。ちょっと疑い深くなっていたね。それより俺のお世話係はシルファさんになったのかな? プリちゃんはどうなったの?」


「はい。私がこれからジョージ様がエンヴァラにおられる間のお世話係を務めさせていただきます。誠心誠意ジョージ様に尽くさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。プリアについては別の重要任務を与えました。それに伴いエンヴァラに向かう部隊に組み込みました」


 重要任務ねぇ。取り敢えずプリちゃんから離れられた事を喜ぶか。あんなぶっ飛んだ娘といるとおかしくなるからな。


「今日はこれからジョージ様は何をされますか? よろしかったら砦内を案内致しますが?」


「一応、この施設はエンヴァラの防衛施設でしょ? 部外者の俺があちこち歩き回るのは問題無いの?」


「別に大丈夫ですよ。長老がどう判断されるかわかりませんが、貴方様は間違いなく伝説の魔導師様です。絶対的な王、それがジョージ様。そんな貴方にこの砦の構造や防衛施設を隠しても意味がありませんから。ただ、口外だけはしないでいただけるとありがたいです。でもそれもジョージ様の御心次第で結構です」


 なんかヤバい宗教に入っていないか? 本当にが効きすぎたみたい……。今後、全裸正座猫耳謝罪乳首捻り上げは封印するか。


「どうしようかな? せっかくだからシルファさんの魔法を見せて欲しいかな。他人の魔法を見るのも勉強になるしね」


「了解致しました。早速準備させていただきます。稚拙な魔法ですが、精一杯頑張らせていただきます」


 いやいや、エルフは魔法に長けた種族でしょ。エンヴァラ親衛隊副隊長の魔法が稚拙なわけないよな。

 ちょっと楽しみになってきたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る