第242話 かまし過ぎたジョージと真性の痛い子

 ここの魔法射撃場の的も帝都の魔法射撃場と同じで30m先に的が設置されている。指定の位置で魔法の詠唱を始めると魔道具の的は作動するだろう。当然、詠唱速度、魔法精度、魔法威力が数値となって出てくる。

 自分の魔法データを晒さないほうが良いよな。ダンの言い付けは守らないと。


 俺は的に背を向けてゆっくりと歩き出した。


 この辺で良いかな? 俺は立ち止まり魔法射撃場の的を見据える。結構、距離あるなぁ。

 困惑している親衛隊が見える。まぁ見とけ、期待に応えるどころか度肝を抜いてやるよ。

 意識するのはスピードと正確性。それを究極までに特化させる!


静謐せいひつなる氷、悠久ゆうきゅうの身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】


 シュン! バン!


 音が二つ重なった。

 皆の視線が俺から音がした的に移る。

 的の中心は直径10cm程の穴が空いていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「凄いです! なんですかあれは! 何が起きたか理解するまで時間がかかっちゃいましたよ!」


 興奮しまくるプリちゃん。


「視認できないほどの魔法速度なんて……」


「それよりあの距離から的の中心に寸分狂いなく当てているのが信じられません」


「アイシクルアローの氷の矢が的に突き刺さるのでは無く、的をくり抜いたのがヤバ過ぎる。貫通力が考えられない」


 フフフ、どうやら度肝を抜かしてくれたようだな。賞賛されると気持ちが良いのぉ。もっと俺をたたえよ! 俺は褒められて伸びるタイプなのだ!


「ジョージ様はどのくらいの数までアイシクルアローを氷の矢を制御できるのですか?」


「ずるいぞ! 勝手に質問して! それよりも魔法の速度をどうやったら速くできるのですか? コツがあれば教えて欲しいです!」


「それよりできれば他の魔法も見せて欲しいです!」


 子供に取り囲まれるのは苦手だが、美女に取り囲まれるのは大好物。360°どこを見ても興奮しまくっている親衛隊のエルフ達が目に入ってくる。俺を怖がっていたと聞いていたが、一瞬のうちに憧れの対象に変わったようだな。もっとチヤホヤして! 美人揃いのエルフが俺を取り囲んどる! 最高じゃーー!


「皆んな落ち着け! もう時間が無いぞ! エンヴァラに行く部隊と周辺を確認する部隊の者は早く用意をして出発をしろ!」


 シルファさんの言葉に残念そうな顔するエルフ達。


「あの、砦に残る部隊は……」


 黒い笑みを浮かべるシルファさん。あ、黒乳首顔だ。


「当然、ジョージ様との交流を続ける。ジョージ様がお許しくだされれば、他の魔法も見せていただこう」


 黒乳首の発言に不平の声が上がった。


「そんなのズルいです! おかしいです! 横暴です!」


「私は砦に残る部隊に変更します!」


「あ、私もそれでお願いします!」


「私は部隊編成のやり直しを求めます!」


「賛成!」


「反対です! 皆んな砦に残るになるのを嫌がったじゃないですか! 今更やり直しはおかしいです!」


 あら? 収拾がつかなくなってきたな。


「黙れ! 部隊編成は決定事項だ! 既に決まっている! 大人しく任務につけ!」


 シルファさんの怒声が響く。


「横暴です! 副隊長の指示でも従えません! 副隊長は砦に残る部隊だから、そう言えるんですよ」


「そうだ! これはおかしいです。改めて部隊編成のやり直しを求めます!」


 これは当分収まらないね。取り敢えず勝手にやってくれ。


 俺は魔法射撃場をあとにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 懐いた野良犬のように俺についてくるプリちゃん。俺のお世話係だから当たり前か。


「そういえばプリちゃんはどうして俺のお世話係に立候補したの?」


「どうしてと言われても……。未来の旦那様のお世話をするのは当たり前です」


 未来の旦那様? 俺の聞き間違い? いや確かに言ったよな……。


「あの……、未来の旦那様ってどういう事かな?」


 屈託の無い笑顔を見せるプリちゃん。ま、眩しいぞ。


「私はジョージ様と結婚する事にしました。エンヴァラに戻ったらお母さんに報告しますから大丈夫です」


 この娘は何を言っている? 外国語を喋っているのか? 全然だいじょばない!


「プリちゃん、大浴場でも言ったけど俺は既に結婚しているの。プリちゃんと結婚はできないよ」


「ですからそれも大丈夫です。ジョージ様が結婚している事を聞いてショックを受けましたが、気にしない事にしました。ジョージ様みたいな魅力的な男性を女性がほっとくわけがありませんから。それにジョージ様が選んだ女性に興味が湧きました。きっと素敵な人なんだろうなぁ。仲良くしてくれると嬉しいですね」


 天使のような顔で悪魔のような事を言うプリちゃん。

 決定事項のようなプリちゃんの話し振りに俺の方が間違っているような気持ちになってくる……。

 いかん! ここはしっかりと断るんだ。俺はどんな状況であろうといなと言える男のはず。

 頑張れ! 俺は男の子! 今日こそはハッキリ否と言えるおとことなるのだ!


「あのね、プリちゃん。水を差すようで悪いけど俺は君と結婚する気は無いんだよ」


「ジョージ様は私が嫌いですか? 女性としての魅力が足りませんでしたか? だったら努力します……。ジョージ様に取って魅力的な女性になるように精一杯頑張りますので、捨てないでください」


 プリちゃんは目にいっぱいの涙を溜めて、上目遣いで懇願する

 う、破壊力が凄いわ。

 それに捨てないでってどういう事? 拾った記憶が無いんだが?


「プリちゃんの事は嫌って無い。女性としてもとても魅力的だよ。でもプリちゃんと結婚すると、俺の最愛の人であるスミレが悲しむ可能性があるだろ? それがある限りプリちゃんとは結婚できないよ」


「良かったです。私がジョージ様に嫌われてなくてホッとしました。それにジョージ様が私と結婚しないと言う理由がわかりました。それが解決すれば晴れてジョージ様と結婚できるのですね。気合いが入ります」


 溜まっていた涙が頬を流れながらも笑顔になるプリちゃん。

 何かぶっ飛んだ考えの持ち主なのか? これは真性の痛い子? あ、ヤバくないか!


「プリちゃん。もしスミレに危害を加えようと考えているのなら八つ裂きにするぞ」


 俺の平坦で低く冷たい声に震え出すプリちゃん。そして脚に力が入らなくなって地面に座り込む。

 恐怖で腰が抜けたみたいだな。危なかったわ。気が付いて良かった。こいつはスミレを亡き者にしようと考えたようだ。確かにそれならスミレが悲しまないよ。


「あぁ……。やっぱりジョージ様は最高の男性です……。これからもどうぞよろしくお願い致します……」


 プリちゃんの顔をよく見ると頬に赤みがあり、目が潤んでいる。

 あれ? この顔ってもしかしてイッたの!? どういう事?


「私がスミレさんに危害を加えるわけがないですよ。ジョージ様の最愛の人って事は宝物ですよね。ご主人様の宝物を壊す奴隷・・はいません。私はスミレさんにお願いするだけです。ジョージ様が私を飼う事を許してくださいと」


 また変な単語が出てきている……。奴隷? 飼う? コイツは究極の痛い子だわ。近寄ってはいけない。頭の中で警戒警報がガンガンと鳴り響く。


 俺は座り込んでいるプリちゃんを放置して、慌てて騒動が続いているだろう魔法射撃場に引き返した。

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