第221話 ダンの洗脳指南書
「ジョージ様、オリビアちゃんの矯正が終わるまで時間がかかると思いますから是非私の膝を使って眠ってください」
期待する顔を見せるポーラ。
あれ? オリビアちゃんが心配じゃないの? 実の娘がボコボコにされるかもしれないのに?
「ポーラはオリビアちゃんが心配じゃ無いの?」
「オリビアちゃんは子供の時からヤンチャでしたから。近所の男の子とケンカばかりでいつも怪我して帰ってきました。騎士団に入団してからはだいぶ大人しくなりましたけど、オリビアちゃんの本質は猿山の猿なんですよ。無意識にボス猿になりたいんでしょうね。簡単にいえば脳筋です」
ボス猿になりたい猿山の猿で脳筋かぁ。茜師匠はオリビアちゃんの本質を感じ取っていたのかな? だから実力行使に出たのか。
「それよりジョージ様は猿山のボス争いなんかほっといて私の膝を使って休んでください」
そう言って膝を叩くポーラ。
あぁ吸い込まれていくわ。
オリビアちゃんの怒声が遠くから聞こえてくる。俺はそれを子守唄にしながら夢の中に落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めると馬車が動いていた。上を見ると俺の頭を撫でているローラと目が合った。
「ジョージ様、起きられましたか。良く眠られていましたね。そろそろ馬車を停めてお昼ご飯にする予定です」
あぁ、もうそんな時間か。
身体を起こすと俺の向かい側の席に茜師匠が座っていた。その隣りにはオリビアちゃんが……座っていない。
もしかして拗ねて帰っちゃった? それとも茜師匠にボコボコにされて病院送り?
「あの、オリビアちゃんは?」
「オリビアなら馭者台だ。カタスの隣りに座っているよ。ジョージ様に殺気を向けないためにそうするって」
「茜師匠もオリビアちゃんも怪我とかしてない? 大丈夫?」
「問題ありません。私はちょっと小突いてやっただけです。オリビアが疲れるまで避けていただけですから」
茜師匠に攻撃を当てるのは至難の業だからな。オリビアちゃんは、さぞかし空振りばかりで疲れただろう。空振った瞬間に茜師匠から小突かれてイライラが溜まってくるし。あれをヤラれると精神的にくるんだよな。
「ダン殿からはこの度の旅程の中でオリビアの教育を頼まれていますから」
うん? ダンから
「茜師匠はダンからどのように
「オリビアという勘違い甚だしい騎士団崩れが一緒にエルフの里に行くから教育をしてくれって。まずは自尊心を粉々に破壊する事から始め、その後にジョージ様の偉大さを教えるように言われたかな」
やっぱり、
懐中から何やら紙を取り出す茜師匠。
「えっと、まずはオリビアは騎士団のエリートだから剣に対して自尊心が高い。まずは立ち会って精神的にボコボコにする」
「一度だけボコボコにしてもダメ。何度も何度もボコボコにする。これでオリビアの心が折れる。これが第一段階」
心を折るって……。どこが教育やねん。
「えっと、第一段階で止めてしまっては教育の効果が不十分になる。この状態になってからもボコボコにする必要がある」
この指南書を書いた奴は鬼だ! 鬼に違いない! そしてその鬼は俺の部下だ……。
「心が折れた状態でボコボコにされ続けていると、自分が無価値に感じてくる。今まで努力して培ってきた力が全く役に立たないからだ。その状態に陥った人の眼は虚ろになる。これが第二段階」
眼が虚ろって……。
俺の衝撃を
「第三段階に入る前の注意事項。心が折れた第一段階は今までの人生を否定され続けた状態。それに対して眼が虚ろの第二段階は自分自身で自分の人生を否定した状態である。簡単にいえば自我の崩壊が起こった状態。自分自身を無価値に感じ、自分で正誤がつけられない状態でもある。対象者の取り扱いには細心の注意が必要である」
ゾッとするわ。自分の人生で努力した事を徹底的に否定される事で、最終的には自分で自分を否定するってか……。
「そして仕上げである第三段階ではオリビアに救いの手を差し伸べる。こうすればお前は救われる。こう考えればお前は救われる。そしてジョージ様の素晴らしさを骨の髄まで教え込む」
これって間違いなくこの間ダンがザインに実施しようとしていたヤツだよな。エクス帝国軍の新兵軍事教練の考え方と新興カルト教団の洗脳法をダンがアレンジしたもの。
これは止めさせないと。
「ただし、ジョージ様の偉業や素晴らしさについては何の誇張もしてはならない。ありのままのジョージ様を伝えること。そしてこれをグラコート伯爵家臣団の鉄則とする」
最後の一文に喉まで出かかった中止の言葉が止まってしまった。
なんだよ、こんなの反則だよ、ダン。
ダンの気持ちが痛いほど伝わるよ。俺って本当にダンに好かれているわ。
でもやり方がなぁ……。
眼が虚ろの状態って、溺れてさせて仮死状態にしておいて救いの手を差し伸べるって感じだよな。
それはオリビアちゃんに選択肢が無いじゃん。あくまでもオリビアちゃんに選択して欲しいよな。
「茜師匠、すいませんが眼が虚ろになるまでオリビアちゃんを追い込むのは止めてもらえますか? 第一段階の心が折れた状態まででお願い致します。第二段階は飛ばしましょう」
「それだと教育の効果が不十分って書いてありますが?」
「いやそれで十分です。あくまでも俺はオリビアちゃんに選択して欲しいんだ。彼女の人生だからね。グラコート伯爵家臣団に入っても良いし、他の道を選んでも別に良いよ」
あ、横で俺たちの話を聞いていたポーラが俺の言葉に泣き出してしまった。
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