第222話 若者の義務

 東の街道にある宿場の飲食店に入った。予約がされているようで俺ら一行は一番奥の貴族用の部屋に通される。


「何で予約されているの?」


「12月の頭にエルフの里に先触れを出したじゃないですか。その時ギュンターさんに大凡おおよその旅程をお知らせして、道中の食事と宿泊の予約を頼んであります」


 俺の疑問に答えてくれたのはエルフの研究者であるライドさんだった。


「でも日にちが確定してなかったよね? そんな状態で予約なんてできるの?」


 ニカっと笑うライドさん。この人もエルフだけあって相当な美形だよな。俺の周囲って男も女も本当に美形率が高いわ。ライバーエロエロさんを見るとホッとするのも頷けるよ。


「ジョージさんはまだ自分の事を理解していないですね。ジョージさんは英雄・・なんですよ、英雄・・。その名声はエクス帝国内に留まらず、ロード王国に北や東の国家群、さらには大陸最大の国家であるエルバト共和国にまで及んでおります。帝都でのジョージさんの人気は絶頂に達しています。そんな英雄に自分の店が利用してもらえるなんて栄誉です。予約なんていくらでも融通してくれますよ」


 人気者になったせいで子供に囲まれて少し嫌になっていたが、こんな良い副産物もあるんだな。

 なって初めてわかる英雄かぁ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 食事中の会話の中心はライドさんだった。もともとライドさんは社交的な人だよな。グラコート伯爵邸では研究で部屋に引き篭っていたけど。

 俺の横では甲斐甲斐しく専属侍女のポーラが俺の世話をしてくれる。それを苦々しく見ているオリビアちゃん。またそれを牽制している茜師匠。そして状況を理解できなくて困惑しているカタスさん。そんな周囲を気にせず1人で喋っているライドさん。なかなかなカオスな食卓だよ。


 そんなカオスの食卓に風穴を開けたのはライドさんだった。


「オリビア嬢、君はそろそろ乳離れをした方が良いんじゃないかな?」


 一瞬食卓が凍りついた。


「な、」「まぁまずは聞きたまえ。年長者の言う事を聞くのは若者の義務だよ。反論は後からいくらでも受け付けるから」


 オリビアちゃんの発言を食い気味に抑えたライドさん。なかなか含蓄がんちくがある言葉だな。まさに亀の甲より年の功か。


「ダンさんからポーラさんとオリビア嬢親子の話は聞いている。相当苦労をしてきたんだろうと思う。そして2人には確かに深い親子の愛情がある。きっと2人で助け合いながら生きてきたのだと感じる。それはとても素晴らしい事だ」


 ここでライドさんは一度言葉を切る。ジッとオリビアちゃんを見つめている。自分の言葉がオリビアちゃんに浸透するのを待っているようだ。


「しかし依存まで行くとマズいんだ。それは不幸の入り口さ。特に共依存になると抜け出せなくなる」


 オリビアちゃんが声を上げそうになった瞬間、ライドさんは右手の掌を前に突き出してオリビアちゃんの発言を静止させる。


「まだまだオリビア嬢、君は若いね。攻撃性が強いのかな? 生い立ちを考えればそれは理解できる。君は何も考えずに反射で反論する癖があるようだね。まずは年長者の言う事をしっかりと聞きなさい。そしてその話を自分の中で吟味してみなさい。まずは深呼吸してから30秒ほど眼を閉じてごらん。それから君の話を聞くとしようか」


 オリビアちゃんは先程からライドさんに虚を突かれまくったためか、毒気の抜けた顔をしている。そして深呼吸を3回ほどして眼を閉じた。


 おぉ!! ライドさんには猛獣使いの素質があるんじゃないか!


 眼を開けたオリビアちゃんはライドさんにでは無くカタスさんに話しかけた。


「カタスさん、悪いんだけど午後からはライドさんと代わって馬に乗ってくれるかしら。馭者は私が務めるわ。少しライドさんと馭者台で話をしたくなったから」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 馬車内は穏やかな空気が流れていた。

 俺は相変わらずポーラの膝を枕にして横になっている。ポーラは俺の髪を撫でている。そして茜師匠はエクス帝国の小説を読んでいた。

 茜師匠が読んでいる小説の題名は【すみれの花束】。帝都で馬鹿売れした小説だ。内容が恥ずかしい事に俺とスミレの恋愛がモチーフになっている。クライマックスの帝国中央公園の噴水の前の告白の台詞は一字一句俺がスミレに告白した内容と同じだ……。

 どうやらこの作家は俺の告白を横で聞いていたみたいだ。作家という仕事柄ネタ帳を肌身離さず持っていたのが俺の運の尽き。その作家は一字一句ネタ帳に記録したそうだ。一体全体どんな罰ゲームだよ。茜師匠は【すみれの花束】を読みながら、その都度これは本当の事かと俺に確認をしてくる。本当に面倒だよ。


 そして適当に茜師匠をあしらいながらも馬車は東に進んで行く。

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