第202話 闘いが行われていたみたい……。
会議が終わるのが先か、俺の奥歯が砕けるのが先か。
新年早々大勝負になってしまったな。
あ、
いつの間にか俺の足の付け根辺りを撫で回している。
太ももから始まり、内腿を経由して、足の付け根に。
どんどん敏感なところを攻めてくる。背中に軽く電流が走ってしまう。
こりゃダメだ。降参だよ。白旗をあげるわ……。
俺は会議中にも関わらず、無言でトイレに駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
生まれ変わった心境だ。
俺の心の中の狼も仔犬のように大人しくなった。今なら悟りを開けるかもしれないな。
俺は何食わぬ顔で会議の場に戻った。
席に座るとちょうど会議が終わるところのようだ。
「これで今日の議題は終了いたしました。何か質問やご意見はございますか?」
ベルク宰相が出席者を見渡す。
「無いようですね。それでは……」
「待ってもらおう。エクス帝国内で由々しき問題が生じている」
ベルク宰相の言葉を遮り、タイル・バラス公爵の声が会議室に響いた。
「先日、エクス帝国情報部の職員から私の元に情報提供がありましてね。内容が内容だけに、しっかりとした処置を取る必要があると判断しました」
「情報部の職員からの情報提供ですか? おかしいですね。私には報告が上がっておりませんが?」
馬鹿にしたように鼻を鳴らすタイル公爵。
「情報提供してくれた職員は愛国心の高い人物のようです。誠に失礼ながらベルク宰相に報告したら握り潰されると危惧したと思われます。私でしたらそれに対抗できると考えたのでしょう」
「そうですか。そのように思われたのなら私の不徳の致すところです。それで由々しき問題とはなんでしょうか?」
「経緯から話させてもらいます。情報部ではエルバト共和国の諜報員と思われる人物をマークしていました。その諜報員が三日前にある貴族の屋敷を訪れました。屋敷から出てきたところで諜報員の捕縛を試みましたが激しく抵抗され、その諜報員は死亡。しかし諜報員はエルバト共和国政府に宛てた封書を持っていました。これがその封書です」
タイル公爵は懐から一通の封書を取り出す。
「こちらの封書は情報部にて開封され、中を確認しております。その後、私のところに持ち込まれました。それではベルク宰相、確認をお願いいたします」
タイル公爵は立ち上がり、ベルク宰相に封書を渡す。
ゆっくりと目を通しているベルク宰相。
何が書かれているのやら?
「なるほど。この封書が本物ならこれは由々しき事態ですね。あくまでも
厳しい顔になるタイル公爵。
「貴様! この期に及んでも、まだそれを握り潰すつもりか! そんな横暴を許すわけなかろうが!」
一つ溜め息をついて、ベルク宰相が穏やかに語りかける。
「タイル公爵。これは友人としての助言です。今から私が許可をするまで無言でいなさい。それが歴史あるバラス公爵家が生き残る唯一の道です」
何が起きているんだ? 全く理解ができない。
ベルク宰相が合図をすると、奥の扉からダンが入室してきた。
何故にダンが!?
頭が状況を理解できない。
ダンの後ろに数名の人影が見える。神経質そうな中年男性、その次に入室してきたのは若い美人な女性。どちらも知らない顔だ。
そして最後に若い男性。その若い男性を見た時、俺は呆気に取られた。
なんでウチの執事見習いのザインがいる?
「なっ!?」
タイル公爵が驚いたような声を上げ、立ち上がる。
「タイル公爵。暴発はしないでくださいね。冷静に判断してください。貴方の発言によってはバラス公爵家が潰えますから」
ベルク宰相の言葉に顔を青褪めるタイル公爵。口が震えている。
数秒経ってタイル公爵はドサリと椅子に深く腰掛ける。そのまま項垂れてしまった。
「先程、タイル公爵はエルバト共和国の諜報員が訪れた貴族の屋敷の話をしました。もったいつけたのでしょうが、貴族の名前を言わなくて良かったですね。その貴族の名前をここで言っていたら、取り返しがつかないところでした。まさに九死に一生を得るってヤツですね」
全く反応が無いタイル公爵。
ベルク宰相の声が静かに会議室に響き渡る。
「皆さん、タイル公爵とは、ちょっとした行き違いがあったようです。もう問題はありません。できれば忘れていただけると助かります」
これって忘れろって事だよな。何かよくわからなかったけど、強烈な印象だよ……。
どうやって忘れたら良いんだよ。
「それではこれで会議を終了とさせていただきます。夕方から新年祝賀会を執り行います。是非参加してください」
俺の当惑をよそにベルク宰相は会議を終わらせた。
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