第201話 至極真面目に会議に参加するジョージ

 俺が席に座るとアリス皇女の右の太ももと俺の左の太ももが触れ合う。いやこれはアリス皇女が意識的に触れ合わせている。

 俺が焦っていると俺の太ももにアリス皇女の右手が乗せられた。


「すいません。緊張しているんです。こうすると落ち着くので」


 アリス皇女は俺の耳元で囁いた。


 あぁ……。俺、耐えられるか……。


 俺の心の葛藤を無視するようにベルク宰相が会議の開催を宣言する。


「それではこれよりエクス帝国貴族会議を始める。進行役はこのベルクが務めさせていただく。始めに今年の4月に予定されている東の国々の平定についてです」


 ゾロン元騎士団長が会議室に響き渡る声でベルク宰相の話を遮った。


「東の国々の平定じゃないだろ! 東との国々の平定だ!」


 眉を顰めるベルク宰相。ゾロン元騎士団長を睨みつける。


「これはこれはゾロン元騎士団長ではないですか? ここは貴族会議ですよ。貴方はカタノート侯爵家の御子息ですが、まだ正式に爵位を継いでいません。侯爵家の場合、嫡男であれば儀礼称号として伯爵は名乗れますが、あくまで儀礼です。貴方は貴族会議に出席する資格がありません。退室していただけませんか?」


「何を言うか! 私は今までも貴族会議に出席していたではないか!」


「それは貴方がエクス帝国騎士団長だったからです。今までは軍の幹部として出席していました。しかし今の貴方はカイト・ハイドース侯爵の一家臣です。ハイドース侯爵領軍の軍団長ではこのエクス帝国貴族会議には出席できませんね」


 顔を真っ赤にするゾロン元騎士団長。握りしめた拳が震えている。


「今日の私はカイト侯爵閣下の名代みょうだいとして参加している。それなら文句が無いだろ」


「なるほど、謹慎を命ぜられているカイト侯爵の代理であると申されるのか。謹慎されている方の代理出席はいささか問題がありますね。法律的に問題があるかどうかは法務局の判断になりますが、既に貴族会議が始まっております。今のところは諦めてこのまま議題を進めましょうか。ゾロン・カタノート侯爵御子息は大人しくしていただくとありがたいですね。発言したい場合も大声は控えてください。アリス皇女の御前おんまえです。紳士的にいきましょう」


 なんかバチバチだな。侵略戦争推進派と反対派の争いの他に、アリス皇女とカイト侯爵の権力争いもあるんだろう。

 うん? 何かアリス皇女の手が太ももから俺の内腿に移動したような……。

 俺がアリス皇女を見ると、ニコっとされた。


「話の途中でしたね。今年の4月に予定されている東の国々の平定・・・・・・・についてです」


 わざわざ東の国々の平定って言葉を強調したよ。ベルク宰相も気が強いな。

 何かアリス皇女の手が静かに動いている。俺の内腿を撫で回しているよ……。


「一応経緯を説明致します。まずはエルフの里の研究者であるライドからジョージ伯爵がエルフの里の周辺の国々の争いをどうにかして欲しいと申し出を受けました。このライドというエルフの男性はサイファ魔導団長の兄であります。この要望を受けてエクス帝国としては東の国々を平定することを決めました。ザラス皇帝陛下の喪中に軍事行動は控えるべきです。東の国々の平定はアリス皇女が皇帝陛下に即位する4月以降となります」


 淡々と話を続けるベルク宰相。

 呟々ぶつぶつと文句を言っているゾロン元騎士団長。

 黙々と俺の内腿を撫で回すアリス皇女。

 段々と大きくなる俺の心の中の狼。


 一瞬言葉を切ったベルク宰相。テーブルの上の水差しからグラスに水を注ぎ一口飲む。

 その時、俺とベルク宰相の目が合った。ベルク宰相の視線がテーブルの下の俺の太ももに移った。


 間違いなくベルク宰相は、俺の内腿を撫で回しているアリス皇女に気が付いた。

 これでベルク宰相がアリス皇女を注意してくれる。やっとこの天国のような地獄のような摩訶不思議の状況から抜けられる。

 そう思ったのに……。


 ベルク宰相は何も見なかったように話を再開した。


「しかしここで問題になったのが崩御されたザラス皇帝陛下が下した決断です。生前、そこにいるゾロン元騎士団長に東と北の国々の平定を命じています。法務局の見解は、この命令は現在でも有効であるという事です」


 あ、一度安堵したせいか気が緩んでしまった。

 情感のこもったアリス皇女の撫で回し。アリス皇女の甘い匂いが俺の鼻腔を満たしている。いつも間にか俺の左肘には柔らかいお山・・が押し付けられている。

 ついに俺の獣が叫び始めた。

 い、いかん!


 俺は妻帯者だ。今は重要な会議中。お前なら我慢できる! いやお前しかできない! そうだ! 俺はできる子なんだ!!


 気が付いたら俺は奥歯を噛み締めていた。

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