第198話 百面相
1月7日【青の日】
午前中はいつもスミレと2人でドラゴン討伐をしているが、今日はダンと茜師匠を連れていく。
修練のダンジョンは2人しか入場できないから、まずはダンを先に連れて行くことにした。
茜師匠はダンジョンの外で待機してもらい、俺はダンと2人で修練のダンジョンに入った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地下4階のドラゴンまでの道中、ダンと話しながら進んだ。
「それにしても、昨日のダンは怖かったよ。あそこまでキレるなんて思わなかった」
「あれでも相当抑えたんですけどね。帝都ではジョージ様の偉業の話がいっぱいあるんです。茜さんもそれを耳にしていると思うのですが、普通に考えれば眉唾物に思ってしまうかもしれません」
「それじゃしょうがなくない? 市中の話なんて尾鰭が付くしね」
「一般のエクス帝国民なら許します。しかしグラコート伯爵家臣団に入る人は駄目です。ジョージ様の偉大さを骨の髄まで理解しないと。家臣団にジョージ様の偉大さを理解させるのが家臣団筆頭の私の責務だと思います」
どんな責務やねん!
でもダンは真顔だよ……。
「ま、気楽にやろうよ。人生は楽しまないと。昨日、俺とダンはエルバト共和国の軍隊を歯牙にもかけてなかったよね。きっとそれは正しい戦力分析だと思うよ。茜師匠はまだ俺の戦闘力を把握してないだけさ。昨日は茜師匠との立ち会いで一本も取れなかったからね」
「少し感情的でした。どうやら私の弱点はジョージ様関係ですね。ジョージ様の力を低く見積もられると自分の事より怒りが湧きますから」
「俺はただの魔術師だよ。魔力制御は相当だけどね。これからもダンには俺の不足しているところを埋めてもらわないといけないから。頼りにしているよ」
そう言って俺はダンの肩を叩く。
ダンは見た事が無い満面の笑みを浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【
ドドーン!!
30本の氷の矢で串刺しになり墜落するドラゴン。
見慣れたいつもの光景だ。
しかしダンは呆気に取られている。こんな顔したダンも見たことないや。今日のダンは百面相だな。
「す、凄いです。ジョージ様の偉業については得られる情報を多角的に分析しております。しかしながら私の想像を軽く超えていました……」
あ、そういえばダンの前であまり魔法を使ってなかったな。
「時間がある時にジョージ様の魔法の速度と精度をしっかりと測りたいですね。どの程度の事ができるのか私が理解できれば選べる戦略が増えますから」
俺はいつも大雑把に生きてきたからなぁ。ダンが俺を新たなステージに導いてくれそうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ダンとのダンジョン活動を終え、次は茜師匠と修練のダンジョンに入る。
茜師匠は昨日と同じ道着に袴を履いた格好だ。道着の袖は結構広いし、袴は広がる。手や足は動きにくく無いのかな?
「茜師匠はいつもその格好なんですか? 動きにくく無いですか?」
「剣術の達人同士の立ち会いだと予備動作をどれだけ無くす事ができるかが勝負なんだ。龍闘流剣術もそれを大事にしている。袴を履いていると相手から足捌きが見えにくいだろ。道着も筋肉の動きを相手に悟らせないためのものだよ」
予備動作? そんな事考えたことないな。
「予備動作ってどういうものなんですか?」
「例えば、剣を振りかぶったとする。その次の行動は何だ?」
「そりゃ振り下ろすでしょ」
「そういう事だよ。振り下ろすための予備動作が振りかぶるって事だ。まぁこれはわかりやすい例だね。昨日のジョージ様との最初の立ち会いを覚えているかな?」
あれは強烈な印象が残っているからな。忘れたくても忘れられないよ。俺は体内魔法の身体能力向上を限界までかけて茜師匠に飛び込んだ。左肩口に木剣を振り下ろしたが躱されて、胴に一撃をもらった。
「あの時、ジョージ様の後ろ足に一瞬体重がかかったんだ。飛び込む予備動作だね。飛び込まれる事がわかれば対処のしようがある。ジョージ様の肩の動きから左肩口を狙っているのもわかった。あとはタイミングを計るだけさ。でもジョージ様の速さには驚いたけどね。龍闘流剣術の体捌きができなければ私の負けだったよ」
「龍闘流剣術の体捌き? なんですかそれは?」
「焦らなくても、追々ジョージ様には教えますよ。これで愛するスミレ様をヒーヒー言わせるんですもんね」
悪戯っ子のような顔をする茜師匠。なかなか魅力的な女性だなぁ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地下4階でいつものようにドラゴンを串刺しにした。
茜師匠は口から魂が出てしまったような顔をしていた。
今日はダンと茜師匠の百面相の日だね。
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