第197話 豹変するダン

 ダンによる茜師匠への聴き取りをまとめると、茜師匠はエクス帝国騎士団の剣術指南役になりたいそうだ。

 残念ながらそれをすぐに実現させるのは難しい。エクス帝国騎士団ではエクス帝国騎士剣術が基本だ。それを簡単に捨てる事は無いだろう。

 まずは毎年開催されているエクス帝国剣術大会で龍闘流剣術の名前を売るしかない。

 エルバト共和国に追われている茜師匠。それを跳ね除けるために茜師匠はグラコート伯爵家臣団に入る事を了承した。


 エルバト共和国では新興の豪炎流剣術が幅を利かせていた。

 しかしエルバト共和国軍の剣術指南役の龍闘流剣術が目の上のたんこぶだったようだ。

 豪炎流剣術の当主は龍闘流剣術の当主(茜の父)にエルバト共和国軍の剣術指南役をかけて立ち会いを申し出る。

 その立ち会いで豪炎流剣術の当主が卑怯な事をして勝った。またその立ち会いで茜の父は殺される。


 その後、豪炎流剣術当主は龍闘流剣術が国家転覆を図っているとエルバト共和国政府に申し出た。

 普通は一顧だにしない内容なのだが、豪炎流剣術当主はエルバト共和国政府内に根回しをしていた。あれよあれよと言う間に龍闘流剣術に関わりのある人が拘束されていく。大きな歯車が動き出していた。龍闘流剣術の断絶は抗えない情勢。

 茜の兄は龍闘流剣術宗家の血を繋ぐために茜をエクス帝国に逃した。自分の命を代償に。


 エクス帝国の帝都に辿り着いた茜は生活費を稼ぐために白亜のダンジョンで活動する。

 ある程度お金が貯まったところでオンボロ道場を格安で購入。今は白亜のダンジョン活動と、空いた時間で、近くの子供に剣術を教えているそうだ。


 なるほど、普通の権力闘争か。権力を持っているとこういう事があるんだよな。

 権力があるって事も考えもんだよな……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺の私室で茜師匠と改めて話す。横にはダンが控えている。


「ダンから茜師匠の状況の説明を受けたよ。まずは茜師匠の身の安全を守るためにグラコート伯爵家臣団に入ってもらう。それで良いかな?」


「願っても無いお話です。エルバト共和国を出てから気の休まる時がありませんでした。どこかでいつも気を張っていました。ジョージ様の大いなる慈愛の心に感動しております」


 大いなる慈愛の心? いや、俺はスミレを剣術でヒーヒー言わせたいだけなんだが?


「そんな大層なもんじゃないでしょ? 俺は茜師匠に剣術を教わりたいだけだから」


「いや、エルバト共和国の犯罪者になっている私をグラコート伯爵家臣団に入れるという事は、ジョージ様がエルバト共和国と敵対する可能性が高まります。そのような危険をジョージ様に負わせるのは少しばかり心苦しいのですが……」


 あ、そんな事考えていたのか。そんな事まで考えていると若白髪になっちゃうよね。


「茜師匠はそんな些細な事・・・・に気を病んでいましたか。エルバト共和国が俺と敵対したいならそうすれば良いだけです。何かしてくるなら払いのけるだけですよ。気楽にいきましょう」


 目をパチクリさせる茜師匠。


「大陸一の軍事力と経済力を誇るエルバト共和国ですよ? それを払いのけるだなんて……。エクス帝国の英雄と呼ばれるジョージ様でも一人でできる事には限界があります」


 その時、横に控えていたダンが急に笑い出した。


「ハハハハハハ。茜さんは冗談がうまいですね。エルバトジョークですか?」


 ダンの言葉に顔を赤くして怒り出す茜師匠。


「何が冗談ですか! 私は当たり前の事を言っているんです! 個人で軍隊に勝てるわけが無いじゃないですか!」


 ダンが真顔になり目が細くなる。茜師匠を睨んでいる……。


「私の主であるジョージ様を馬鹿にするのは許さない。貴様如きがジョージ様の何がわかるというのか。今後一切貴様如きの矮小な常識でジョージ様を語るな」


 あ、ダンが静かにキレている……。

 凄ぇ怖い……。

 忘れていた。ダンと初めて会った時にダンは俺を尊敬しているって言ってたな。

 俺がダンには友達のような関係を望んでいるから、ダンはそれを理解していつも気さくな雰囲気で付き合ってくれるが、一皮剥けばこうなるのか……。

 考えてみたら、そりゃそうだよな。ベルク宰相の懐刀と呼ばれていたのに、俺の家臣になるくらいだ。


 ダンの静かな迫力に茜師匠が青い顔になっている。

 茜師匠の剣術の実力なら剣が無くともダンなんて瞬殺だろうに……。でも茜師匠は気持ちでダンに押されている。

 やっばり気持ちって大切なんだな。良いものを見れたよ。


「ダン、そこまでにしてね。これから茜師匠は同僚になるんだからさ。明日の午前中はダンを修練のダンジョンに連れて行く予定だけど、そのあとに茜師匠も連れていくよ。そこで俺の実力を見てもらうからさ。茜師匠も悪気があったわけじゃないしね」


「わかりました。ジョージ様がそう言うのなら仕方ないですね」


 なんとかなったかな。ダンはグラコート伯爵家臣団の知の中心人物。茜師匠には武の中心人物になって欲しいな。その為には2人には仲良くしてもらわないとね。


 ダンが茜師匠をもう一度睨んで発言する。


「明日、ジョージ様の勇姿をしっかりとその節穴の目に焼き付けろ。そして貴様の矮小な常識を壊してもらうんだな」


 うーん。ダンって根に持つタイプなのかなぁ。

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