第167話 婉曲表現
俺は応接室でタイル・バラス公爵と二日連続で対面する。
苦手な人と二日連続はキツいわ。
俺はメイド長のナタリーが用意してくれたお茶を一口飲んで口を開く。
「どうしました? 何か言い忘れましたか? まさか昨日の提案の返答を今日しろってわけじゃないですよね? せっかちな男性は女性から嫌われますよ」
俺の軽口を余裕の表情で受け止めるタイル公爵。
今日も黒髪をオールバックにしている。
「今日はある件を確認しに来たのです。娘のオリビアの母親であるポーラがこちらにお邪魔してませんかね?」
なぬ!? どうして知っている!
ポーラを保護したのは昨晩だぞ。
これはカマかけ? どうすれば良い。
「オリビアの母親ですか? その人が何でここにいるんですか? ちょっと理解不能なんですが?」
俺を見据えるタイル公爵。
う、背中に冷や汗が出てくるわ。
シラを切るのが正解なのか? 白状するのが正解なのか?
全くわからん。まぁなるようになるわな。素直に白状するのは、何か気分が悪いわ。よし! シラを切り通すぞ!
「こちらの屋敷にポーラらしき女性が入っていったとの目撃証言がありましてね。隠していると悲しい結果になるかもしれません。それは私にとっても、ジョージ伯爵様にとっても不幸な事です」
「何を言ってるのか皆目検討がつきませんね。何で私に無礼な発言をしたオリビアの母親がここにいるのです? 寝言はベッドの中で言ってください」
タイル公爵の右眉毛が少し上がる。
「なるほど、無駄足だったかもしれませんな。ポーラはこちらで働いている者と仲が良かったはず。もしポーラが訪ねてきたら伝言をお願い致します。バラス公爵家の両翼はエクス大陸を覆うと」
うん? どういう意味だ?
「それでは失礼させてもらうよ。オリビアの側室の件も早めに返事をくれるとありがたいかな。私は無駄な時間が嫌いでね。それでは失礼させてもらうよ」
お茶を飲まずにタイル公爵は応接室を出て行った。
なんだよ。前に貴族には雑談が大事だって言ってたくせに。
しかし今日は完全にタイル公爵のペースだったな……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんですか? 1日に2回も呼び出すなんて。私もそれなりに忙しいんですよね」
ダンの言葉に少しだけ棘があるな。でもしょうがない。俺じゃわからない事ばかりだからな。
「ダンが帰ってから状況が一変したんだよ。俺じゃ判断できなくてね」
「それならやはり直接雇ってくださいよ。私がグラコート伯爵家臣団の筆頭になりますから」
「残念ながらグラコート伯爵家臣団は女性限定になりました。入団したいのなら去勢してきてください」
「何馬鹿な事言っているんですか? 家宰のマリウスさんとその息子のザイン、料理人のバキさんと3人も男性がいるじゃないですか」
だってダンは……。
マリウス、ザイン、バキはスミレが目移りしないと思う。
「そんな不貞腐れた顔をしないでください。私はスミレさんに何もしませんよ。誓約書でも書けば信じてもらえますか?」
誓約書か。それなら少し安心できるかな?
「まさか誓約書を本気にしているんですか? 私を信じられないのは良いですけど、スミレさんをもっと信頼しないと駄目じゃないですか? スミレさんはジョージさんを裏切るような女性なんですか?」
わかっているよ……。
スミレは俺を裏切らない素晴らしい女性だって。
でもこれは俺が自信が無いことから生じている感情なんだよね。
理屈じゃないんだよ。
「まぁ、この件はまた今度で良いです。それでどうしました?」
「あぁそうだ。タイル公爵が先程来てね。ポーラがここにいないかって聞かれた。俺は知らんと言ったけど、隠すと悲しい事になるって。最後にもしポーラが来たらと伝言を頼まれた」
「伝言?」
「えっと、『バラス公爵家の両翼はエクス大陸を覆う』だったかな?」
急にダンが難しい顔になった。
「なるほど。これはアリス皇女殿下とベルク宰相に仲裁に入ってもらったほうが良いですね。これ以上の事は取り返しのつかない事になりそうです」
「え、そうなの?」
「タイル公爵はポーラをグラコート伯爵邸で保護している事を確信しています。これではオリビアを側室にする事をジョージさんが断っても、オリビアを奴隷登録しないですね。私が考え付く事はタイル公爵も考え付くでしょうから。それより問題はタイル公爵が残した伝言です」
何が問題かわからんわ。
「タイル公爵が残した伝言の『バラス公爵家の両翼はエクス大陸を覆う』は、直接的にはポーラに残しました。意味はパラス公爵家の影響力はエクス大陸の隅々に行き渡っている。逃げるのは無理だぞ。って感じですか」
「なるほどねぇ。何か言い方がカッコつけているよね。
「伝言の直接的意味って言いましたよね。この伝言には間接的意味もあるんですよ。この伝言をポーラが聞いてもポーラは意味がわからないと思います。貴族の
貴族の婉曲表現って。そんなの学校で習わんぞ。平民のダンは何で知っとるんじゃ。頭良い奴はこれだから困る。
「へぇー! そりゃ凄い。で、何て言ってるの? 頭の良いダンさん、頭の悪い俺に教えてください」
「
え、そんな事言っているの!? それを公言して問題無いの? 他の国と結託しちゃうって事?
「それは穏やかじゃないね。これは相当問題のある発言じゃん」
「このバラス公爵の発言を聞いているのはジョージさんだけです。現在、バラス公爵家とグラコート伯爵家は問題が生じているんですよ。ジョージさんが何を言っても、タイル公爵は難癖だと言い逃れができます」
「それで結局タイル公爵は何を言いたいの? 最悪クーデターを起こすって事? そんなの大罪人じゃないの?」
「実際に他国と結託してクーデターを画策したら外患誘致罪ですね。死刑になってバラス公爵家は取り潰しです。これはバラス公爵家はそのくらいの覚悟があるとベルク宰相や私に伝えているのです。だから何とかしてくれって事ですよ」
「そうなん。泣きついているのか。素直に言えば良いじゃん。面倒くさいなぁ」
「大貴族がそんな事言えるわけないですよ。形としてはグラコート伯爵家がバラス公爵家との仲を取り持ってくださいとベルク宰相に頼む感じですか」
え、俺が頼むの? なんで?
「貴族の面子を考えるとそうなりますね。ジョージさんは伯爵です。公爵家の当主が伯爵家と揉めているからって、宰相の
えぇー!
何か納得いかないなぁ。もともとバラス公爵家の娘のオリビアが俺に暴言を吐いたのが事の始まりじゃん。そのあとに無理難題を言ってきたのもタイル公爵だよ。何で俺がベルク宰相に頼まなければならないの。
「タイル公爵からすると、ポーラをジョージさんに確保されていると動きようが無いのです。オリビアをジョージさんの側室にもできず、奴隷にもできない。現時点でオリビアがジョージさんのカードになるかも判断がつかない。グラコート伯爵家との決定的な対立状態に陥るかもしれない。
まぁお父さんに頼むのは
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