第146話 かけがえのない人をこの腕の中に……。【カタスの視点】【カタスの視点】

「エル!」


 私はエルが軟禁されている部屋に飛び込みエルに声をかけた。

 エルは微笑み、そして静かに涙を流した。

 

 あぁ……。なんて綺麗なんだ。

 

 私は蝶々を捕まえるように慎重にエルに近づきその肩を抱き締める。

 儚く消えそうだったエルが実感を持って感じられた。

 エルの黒い瞳に自分が映る。その瞳に心が吸い込まれていく。

 数秒後、自然とエルと唇を合わせていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 長い口付けの後、ソファにエルと並んで座り会話を始めた。


「あの根暗の言葉で目が覚めたわ。私は全ての家族に捨てられたってわかったのよ。無意識のうちに血の繋がりに期待していたみたい。ロード王国で祖父と母親に見捨てられたのがショックだったわ。まだ気持ちの整理ができていない状態であの根暗に期待しちゃったのね」


 私は静かにエルの言葉を聞く。


「あの根暗が言ったのよ。俺は血より縁を取るって。愕然としたわよ。あぁこれで私は家族全てから捨てられたって思ったわ。だけどその言葉には続きがあったの。俺の人生を豊かにしてくれ、助けてくれた人との縁だって。家族に捨てられてドン底の状態の中でこの言葉を考えたわ。私に取っては誰だろって。そしたらすぐにカタス、貴方が頭に浮かんできた」


 エルが潤んだ瞳で私を見つめる。まるで捨てられた仔犬のように……。


「今の私はカタスとの縁だけが最後の希望よ」


 わたしはそれに応えるようにエルの唇をもう一度ふさいだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 エクス帝国の侵略戦争推進派の調整が済むまで、エルは魔導団本部に軟禁されたままだ。まだまだ調整には時間がかかりそうだ。


 今回の件で私は魔導団第一隊から第三隊に異動になった。これは左遷になるのだろう。

 定時に上がれる第三隊の任務内容に初めは呆れたが、今は感謝しかない。

 おかげでエルと過ごす時間がたくさん捻出できる。

 そして今日もエルと会話を楽しむ。


「だいたいあの根暗はおかしいのよ。小さい時から何を考えているかわからないし、本当に不気味。あんなのと結婚する人がいるなんて信じられないわ」


 エルのジョージさん評はなかなか厳しい。確かに不思議な人物ではあるな。

 今日はいつにも増してエルが饒舌だ。


「あんなのがエクス帝国の英雄なんておかしいわ。それなら私だって英雄になれるはずよ。いやなってみせるわ!」


 エルはジョージさんの魔法を見たことがないのかな?

 あの精密な魔力操作から放たれるファイアアローとアイシクルアロー……。

 信じられないほどの速度と正確性は正に芸術。

 絶望感などを持つ事すら許されないほどの力量の隔絶。

 英雄になるってエルは本気なのか?


「まずはこのエクス帝国で私の実力を思い知らせてやるわ。カタスも早く魔導団の第一隊に復帰して二人で伝説を作りましょう!」


 前向きなのは良い事か。

 しかし私が魔導団第一隊に復帰するのは無茶だと思うが……。


 こうして今日も夜は更けていく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 魔導団第三隊の任務にも慣れた頃、ザラス皇帝陛下崩御の急報がエクス帝国を駆け巡った。

 私も衝撃を受けたが、エルの動揺は異様だった。

 今朝、私がザラス皇帝陛下の崩御の話をした時にエルの顔色が真っ青になった。その後エルは口を閉ざして何も話さない。

 昼には暗殺だったらしいと話すと、エルの顔が強張ってしまった。

 エルはザラス皇帝陛下暗殺について何かを知っている。私はそう確信した。


 サイファ魔導団団長に報告と思ったが、生憎あいにく不在だった。ザラス皇帝陛下の崩御でエクス城に行っているとの事。

 たぶんサイファ団長は陣頭指揮を取っているのだろう。エクス城まで報告に行くべきか? しかし邪魔にならないだろうか?

 魔導団第三隊の大部屋の自分のデスクで悩んでいるとジョージさんが現れた。


 私が片手を上げるとジョージさんは気が付いてこちらに歩いてくる。


「ジョージさん、いやジョージ部長じゃないですか。こんなところに来てどうしました?」


 軽く顔が引き攣るジョージさん。何故だ?


「いや、今度魔導団を辞める事にしてね。何か懐かしくてここに来ちゃったよ。それよりジョージ部長はやめてね。恥ずかしいから」


 ジョージさん魔導団を辞めるんだ……。ザラス皇帝陛下の崩御と関係しているのかな? ここが懐かしい? そっかジョージさんは第三隊にいたんだ。


「あ、ジョージさんは第三隊所属でしたね。どこの席だったんですか?」


「今、カタスさんが座っている席だよ。良かったら少し座らせてもらえるかな?」


「そうだったんですか。それならこの席は出世席ですね。どうぞ座ってください」


 私の席に座るジョージさん。窓から外の修練場を眺めている。声をかけるのをはばかれる雰囲気がある。

 数分経ち、ジョージさんは立ち上がった。


「ありがとう、カタスさん。最後に良い思い出になったよ」


「こんなことならなんて事はないね。ジョージさんには世話になっているから」


 そうだ、もしかしたらエルもジョージさんになら話をするかもしれないな。

 私は第三隊の大部屋を出ようしているジョージさんを呼び止めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからエルの情報からザラス皇帝陛下の暗殺にロード王国が関わっていた事がわかる。そして驚愕すべき事にカイト皇太子殿下の関与も判明した。

 そのためエクス帝国の王位継承がゴタゴタしている。

 ベルク宰相やサイファ魔導団長、ジョージさんはこれの対処に苦労しているんだろうな。

 悪いとは思ったが、周囲の喧騒を無視して私はエルと穏やかな日々を過ごした。

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