第145話 逃避行の計画!?【カタスの視点】

「このままだと貴方の積み上げてきたキャリアが台無しになるわよ」


「ここで何を言っても変わらないわ」


「何度も言うけど冷静になりなさい」


「色恋で頭が短絡的になってない?」


「もう少し納得できる提案をしてくれない?」


「貴方は魔導団の隊員なの。魔導爵としてエクス帝国に忠誠を誓っているはずよ。まるでロード王国の人みたいね」


 ここ数日でサイファ団長に言われた言葉だ。それでもめげずに今日も団長室に私は行く。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「もう一度言います。私がエルの後見人になりますから、エルを釈放して下さい」


 私の言葉が団長室に響く。何度も言っている事だ。しかしこれから言う言葉は今日初めて言う。今までの人生の努力が泡と消えかねない言葉だ。唇を一つ舐め、私は覚悟を決めた。


「それが認められないなら、私カタスはエクス帝国魔導団第一隊を除隊します」


 呆気に取られ目が見開くサイファ団長。数秒後その見開いた目が細くなり私を睨む。


「わかりました。この件に貴方の進退をかけると言う事ですね。さすがにこの発言は見逃せないわ。魔導団第一隊を除隊すると言う事はエクス帝国の忠誠を捨てるって事ですから」


 そしてサイファ団長は背筋を伸ばし、凛とした声を上げる。


「魔導団第一隊隊員カタス・ドラムバード。魔導団団長ソフィア・ミラゾールが命じる。今日これより謹慎せよ。追って沙汰を伝える」


 冷酷な声が魔導団団長室に響く。

 言葉の意味を理解した瞬間「キーン」と耳鳴りがした。

 それが私には自分のキャリアが崩れ去る音に感じた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 魔導団独身寮の自室のベッドに寝転んで天井を見ていた。もう身体に力が入らない。


 自分の決断に後悔はしていない。この決断をしなければ後悔する事がわかっていたからだ。しかし実際に今までの努力を水の泡にさせた事が実感されると胸にぽっかりと穴が生じてしまった。


 エルを失いかねない状況。積み上げたキャリアが崩壊する恐怖。謹慎している現状。

 目の前が暗くなる。

 

 目を閉じるとエルの笑顔がまた浮かぶ。胸がどうしょうも無く熱くなる。


 そうだよ! その熱い衝動に身を委ねれば良いじゃないか。

 こんな事で打ちひしがれている場合じゃ無い。

 

 私はベッドから飛び起きた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 しかし何をすれば良いんだ。闇雲に動いてもどうにもならない。

 熱い衝動を持つのは良いが頭は冷静にならないと。

 このまま行けば最悪エルが死刑になる。良くて生涯幽閉、飼い殺しだろう。

 なんとかこの状況を打破しないと……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 何度も考えが袋小路に入った。わかった事はエルを得ようとすると、今の全てを捨てなければならないって事だ。このままエクス帝国に所属したままエルを救うことはできない。

 エルを連れて、逃亡しかないな。

 あとはどのように計画を練るか。


 魔導団本部で軟禁されているエル。その部屋の扉の前には魔導団第二隊の隊員が2人いる。その2人を倒してエルを連れて魔導団本部を脱出しなければならない。脱出に成功した後はどこに向かうか。


 エクス帝国から出奔するしかないな。

 東や北の小国郡に逃げるのは政情不安定で避けたい。エルを連れて逃げるとなるとロード王国にはエクス帝国の追手が派遣されるだろう。

 結局、大陸最強と謳われている南のエルバド共和国しかないな。エルバド共和国ならエクス帝国からの圧力にも跳ね除ける力がある。距離的にもロード王国よりあるからエクス帝国の影響が少なくてすむ。


 私は独身宿舎の自室でエルとの逃避行の計画を綿密めんみつに立て始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 数日経ち、計画がほとんど立った時にサイファ魔導団長から呼び出しを受けた。

 謹慎が解けるにはまだ早すぎる。エルの置かれている状況に変化があったのか!? エルとの逃避行の計画はまだ準備段階だ。実施した場合は破綻する。

 まずはどのようにエルの状況が変わるか確認だな。その後計画の練り直しだ。

 私は慌てながらもその後の対処を頭に浮かべながら魔導団団長室に向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「カタス。本日より魔導団第三隊の配属を命じます。まずは今までの業務を引き継ぎをしなさい。その後、貴方の当面の任務はエル・サライドールの後見人として彼女がエクス帝国に同化できるように努力してください」


 サイファ団長の言葉が一瞬理解できなかった。第三隊への配属? エルの後見人? エクス帝国への同化?


「以上よ。特に質問が無ければすぐに任務に行きなさい」


 冷ややかな顔のサイファ団長に少し苛ついてしまう。

 いやいや質問しかないだろ! どこから突っ込めば良いのか。


「確認を取りたいのですが私がエルの後見人になったって事ですか?」


「そうよ。貴方が提案していた事でしょ。望みが叶ったんだから、自分の言葉に責任を持ってしっかりやってね」


「エルのエクス帝国の同化とは? 現在のエルの立場を教えてください」


「エル・サライドールはロード王国を捨てる決意をしたわ。優秀な魔導師だから今後はエクス帝国にその力を使ってもらう予定よ。ただ、ドットバン伯爵の領軍に70名の死亡者が出てる事を軽く考えちゃいけないわ。侵略戦争推進派の人達はエルの死刑を強固に望んでいるから。その調整にはまだ時間がかかりそうよ。取り敢えずその調整が終わるまではエルにはこれまでどおり魔導団本部にいてもらうわ」


 いきなり視界が開けた……。

 何なんだこれは……。


 サイファ団長が私を見て微笑んだ。


「エル・サライドールに感謝することね。貴方がエクス帝国魔導団を除隊にならなかったのはエルが強固に主張を変えず、貴方を擁護したからだから。早くエルのところに行ったら」


 エルが私を擁護? 確かに私はエクス帝国魔導団を除籍される事を覚悟していた。エルは自分の事で精一杯のはずなのに、私の事も考えてくれたのか……。

 私は立ち上がりサイファ団長に敬礼した。


「団長! 早速エル・サライドールに面会し、任務に入ります! この度はありがとうございました! 失礼致します!」


 私は魔導団団長室を出るとエルの入る部屋に向かって駆け出した。

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