第144話 暗闇の中で足掻く【カタスの視点】
辞令を受けた私は
「エル! 大丈夫か!」
私が声をかけた瞬間こちらを見るエル。そのまま顔が崩れ瞳からは涙が溢れだす。
私は慌ててエルに近づき背後から肩を抱き締める。
「大丈夫。大丈夫だから」
腕の中で泣き止まないエル。取り調べ室には根拠の無い私のかける言葉が虚しく響いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エルの取り調べを担当していた隊員に昨日からのエルの様子を聞く。
エルは騎士団第二隊の取り調べにずっと無言で通し、綺麗な顔立ちで無表情であったため、隊員はまるで人形のように感じていたそうだ。
取り調べ室に私とエルの2人だけにしてもらい、エルが落ち着くのを待った。
「もう大丈夫。来てくれたのね……」
「当たり前じゃないか。落ち着いたら調書を取るからね」
「そんな事やっても何の意味もないわ。どうせ私は死刑になるのだから」
あ、これは自暴自棄になっている……。
確かにそうなるのも無理もない。しかし私はエルを諦めるつもりは毛頭ない。
「まだ諦める必要はないよ。エルの今後はザラス陛下が判断される事になりそうだ。ザラス陛下はベルク宰相の意見を重用しているから、酷い事にならない可能性はある。私もできる限りの事はするつもりだ」
目をパチクリさせるエル。
「期待しない事にするわ。やっぱり無理だと思うから」
「諦めちゃダメだ! それにエルはジョージさんの妹じゃないか。ジョージさんがエルを擁護すれば希望はある。エクス帝国にとってジョージさんは重要人物なんだから」
エルの瞳がキョトンとしている。それが少しずつ力を感じさせる瞳に変わっていく。
「そうよ! あの根暗がいるじゃない! 兄だから妹を助けて当たり前だわ! なんだ全然大丈夫じゃん。心配して損したわ」
急に生き生きするエル。
取り敢えずエルの瞳に力が戻って良かった。あのままの精神状態だと、身体的に不調をきたしてしまう。
しかし私は一昨日の晩のジョージさんを思い返した。
私がベルク宰相にエルの寛大な処分をお願いしていた時、ジョージさんは涼しい顔で夕食を食べていた。まるでエルの事など
ジョージさんがエルの助命に積極的に動くとは思えない。やはり自分がやらないといけないのだろう。
私は、気持ちが落ち着いたエルの調書を取りながら、今までのキャリアを投げ出す覚悟を決めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エルの対応は私が専任になった。エルが他の誰とも会話をしないからだ。
その後、エルの処遇をどうするかの話し合いがエクス帝国上層部でなされたようだ。
そしてエルの身柄を騎士団第二隊の詰所から魔導団本部に移送する指令が出た。
もしエルを死刑にするなら騎士団第二隊の詰所から魔導団本部に移送する必要はない。これは良い傾向か。
魔導団本部に移送という事は、エルの処遇はザラス陛下の案件からサイファ魔導団長の案件に変わったのかもしれない。
これなら何とかなるかもしれない。サイファ団長なら情に訴えればエルに同情してくれる可能性がある。
私はエルを魔導団本部まで移送した足で団長室へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで結局貴方は何が言いたいの?」
冷ややかな目で私を見るサイファ団長。整っている顔のため、冷酷に感じてしまう。少しの気後れを感じながらも、ここは正念場と言い聞かせて口を開く。
「エル・サライドールを私を後見人にして釈放してください」
「それは真面目にいってるのかしら? どうやったらそんな事を考えられるの?」
「先程も言いましたが彼女はまだ18歳です。まだまだ未来があります。それにドットバン伯爵の領軍との
溜め息を一つ吐いてサイファ団長が口を開く。
「悪いけど貴方の意見は無茶苦茶ね。実際にドットバン伯爵の領軍に70名の死亡者が出ているのよ。その直接的加害者のエル・サライドールが何の罪にもならないなんてあり得ないでしょ」
「それは分かっています。しかしその様な結果が出たのも仕方ない一面もあるばすです。全てがエルのせいではないでしょう?」
「カタス、貴方はどの立場でこの様な事を言っているのかしら? 考えてみて。貴方はエクス帝国の魔導団第一隊隊員なのよ。貴方の意見は個人的な感情だけの発言と感じるわ」
サイファ団長の言葉が私の胸を刺す。確かに魔導団第一隊隊員の立場での発言ではない。個人的な感情だけの発言だ。
どうすれば良い? エクス帝国の魔導団第一隊隊員の立場としたらどうなるのか?
「少し頭を冷やしなさい。今日の貴方の発言は聞かなかった事にするわ」
「しかし……」
「カタス、命令よ。今すぐこの部屋を出て通常任務に戻りなさい」
サイファ団長は、もうこちらの話は終わったと言わんばかりに自分のデスクに戻り書類に目を通し始める。
私は肩を落として団長室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
独身寮に戻り自室のベッドに寝転んだ。
今日のソフィア団長の言葉が頭を反芻する。
「少し頭を冷やしなさい。今日の貴方の発言は聞かなかった事にするわ」
目を閉じて冷静になろうとする。しかし頭にはエルの笑顔が浮かんでしまう。
運命の
頭が冷えるわけがないじゃないか!
そうだよ! 冷静になれないなら、熱い頭のまま突き進んでやる!
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