第124話 目の前が暗くなる
魔導団本部の団長室に入るとライドさんのブツブツが止まった。サイファ団長を見るなりライドさんが声を張り上げる。
「サイファ! お前はジョージさんの魔法をしっかり見た事があるのか!」
「以前、60本のファイアアローを魔法射撃場で撃つのは見たわ。それ以来見てないわね」
「私は今、200本のアイシクルアローを精密に操るジョージさんの魔法を見た。ジョージさんは伝説の魔導師じゃないのか? ジョージさんはエルフの待ち望んだ救世主の可能性が高いぞ」
伝説の魔導師? エルフの救世主? ライドさんは何か幻覚の出るキノコでも食べたか?
「あれはおとぎ話でしょ。世界樹の再生なんて夢物語よ」
「違う。あれは本当の話だ。世界樹はまだ枯れていない。エルフの長老が代々魔力を送って耐えているんだ。ただ精密な魔力制御が必要だから長老しかできない。それでも枯れさせないのが限界だ」
何か良くわからないな。契約して帰ろうかな。
「ジョージ君! お願いだ! エルフの里まで来てくれないか! エルフを救ってほしい!」
何が何だか良く分からん。
今の状況でエルフの里までは行けないな。
「何か良くわからないのですが、結構忙しい身でして。エルフの里まで行くのは厳しいと思います」
「いや、君はエルフの里まで来る事になるよ。そう言う運命なんだ」
どんな運命やねん!
そんな運命は聞いたことないぞ。
ライドさんはスミレを見つめる。
何だ! 俺の奥さんに手を出す気か!
「ジョージ君はスミレさんと結婚しているんだよね。子供は欲しくないかい?」
そりゃ欲しいけど、子供は授かり物だろう。
「魔力制御が優れているエルフは長生きだ。つまりは種の保存がしにくくなっている。死ににくいわけだから子供ができにくくなるんだ」
唐突に何を言っている?
何故か背中に悪寒が走る。ライドさんはニヤリと笑う。
「ジョージ君。君は類い稀な魔力制御を誇っている。私の研究によると不老に近いだろう。言い換えれば種の保存の必要がなくなっていると言っても良い。このままだと子供ができるとは思えないね」
は、そんな事あるのか!?
「いきなり言われても納得ができませんね。魔力制御の向上で、長生きになる事も、種の保存がしにくくなる事も、そんな事は信じられませんよ」
俺の言葉が虚しく響く。
なんなんだいったい。足元が崩れていく感覚を覚える。
「しかし世界樹が再生されたら、ジョージ君が子供を作るのは可能かもしれないな。世界樹の実を食せば、エルフですら妊娠しやすくなるのだからね」
何か俺は騙されていないか?
サイファ団長の顔を見る。悲しい顔をしている。
まさか本当の話なのか?
「サイファ団長、ライドさんが言っている事は本当なのですか?」
「エルフが長生きで子供ができにくい事は本当よ。それに世界樹の実には妊娠の可能性を高める効果があると言われているわ」
「言われている?」
「世界樹は現在枯れかけているの。その為、世界樹の実はならないのよ。世界樹の実が無いため、現在エルフは子供が少ないの。このままいけばエルフは絶滅する可能性が高いわね」
目の前が暗くなった。
誰の声も耳に入ってこない……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気が付いた時は屋敷の自室に俺はいた。
目の前にスミレが座っている。
既に外は暗くなっている。
スミレが俺を見てにこやかに笑ってくれた。
あぁなんて素敵な笑顔なんだ。
そのまま俺の顔を豊かな胸に
後頭部をトントントンと優しく叩いてくれる。
何故か涙が溢れてきた。
涙が枯れたら頭が落ち着いてきた。
俺はどうやってここまで来たのか? 全く記憶が無いや。
不老と言われた時もショックは受けた。だけど不老は自殺ができる。
だから心は平静だった。
でも子供ができないと言われた時はそれを超えるショックだったようだ。
俺って、そんなに子供が欲しかったんだな。自分の事だけど知らなかったよ。
スミレが俺に語りかけるように言葉を紡ぐ。
「私はジョージが大切なの。ジョージが全てよ。子供ができる、できないは関係ないわ。あなたが大好きなの。それを忘れないで」
胸に染み込む言葉だった。
俺はスミレと結婚できて本当に幸せ者だ。
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