第48話 フレイヤ・ノースコートの企み

 屋敷に帰り、バキの作った夕食を堪能していると、知っている魔力が屋敷に近づいてくるのを感じた。

 これって俺を訪ねに来ているのかな? 真っ直ぐこの屋敷を目指しているよな。


 俺は溜め息をついて、執事長のマリウスとその妻のメイド長のナタリーに客人が来るようなので、応接室に通すように頼んだ。


 急いで夕食を腹にかっ込み、身支度を整え終わると、ちょうど屋敷の呼び鈴がなった。

 いったい何の用だといぶかしみながら、客人の待つ応接室に向かう。


 応接室にはエクス帝国高等学校の制服を着たフレイヤ・ノースコートがソファで優雅に紅茶を飲んでいた。

 クリクリとした瞳が可愛さを感じさせ、流れるような金髪が綺麗だ。

 フレイヤはスミレの妹である。魔力ソナーで分かっていたがフレイヤは1人で来ていた。


「何か俺に用があるのか?」


 フレイヤはクリクリした瞳を俺に向け、忍んだ声を出す。


「内密の話をしたいのでお人払いをお願いします」


 今の応接室には俺の後ろに執事長のマリウスが、また世話係として部屋の隅にメイド長のナタリーがいる。


「誠に申し訳ないが未婚の女性と二人きりになるわけにはいかないんだ。それに俺はお前を信頼していないしな」


 俺の言葉に頬っぺたを膨らませて怒りを表すフレイヤ。

 またこれが見られるとは!?

 この子はリスの化身か!

 その膨らんだ頬には向日葵の種が入っているのか!


「もう少し優しくしてくれても良くない? 私、優しいお兄様が欲しいのに」


「お前には本物のお兄様がいるだろ。今更義兄に期待するな」


「ドーランは優しいけれど、魔法オタクだからキモいのよね。ジョージは格好良いから外見は合格よ。光栄に思いなさい」


 何が「光栄に思え」なんだろ?

 この子、増長しまくっているのか?

 冗談じゃなく、本気で言っているよな。ヤバすぎないか?

 こういうタイプは華麗にさばくのが俺の処世術。

 軽く持ち上げてスルーだな。


「未来の義妹から格好良いと言われて光栄だな。ただし人払いをしないと話せない内容を俺がフレイヤと共有するわけにはいかないだろ?」


「何よ! お父様もお母様もお兄様もいつも私の望んだ通りにしてくれるのに! 人払いくらい良いじゃない!」


「俺はスミレの婚約者なんだよ。5日後には結婚するんだ。世間的に見て、変な誤解を与えるような事はつつしみたいだけだ」


「だから変な誤解にならなければ良いじゃない。お姉様なんて捨てて、私と一緒になれば問題無いわ」


「前にも言ったけど、それは有り得ない選択だよ。フレイヤは自分を受け入れてくれる人を探したほうが良いね」


「まぁ良いわ。人払いしなくても。そこの使用人風情じゃ何も影響を与えないから。単刀直入に言うとロード王国でエル・サライドールを殺してきて欲しいの。できるだけ残忍な殺し方がベストね」


 はぁ! 何を言っているんだ。この娘? 何で学生の身分でこんな事を言ってくる?

 頭が回らずに口をつぐんでいるとフレイヤは言葉を重ねてくる。


「何かジョージの実の妹みたいね。どうせ大した事のない女に決まっているわ。妹なら私が出来るから、もういらないでしょ」


 いるとかいらないとかの問題じゃ無いんだけど……。


「エル・サライドールはドットバン伯爵の領軍を蹴散らしたわ。ドットバン伯爵はノースコート侯爵家の寄子なの。そんな女に生きていられると面子めんつが立たないのよね。お父様が困ってしまうの。未来の父親のためにも是非エル・サライドールを殺してきて欲しいの」


 まるで「あの店のお菓子を買ってきて」と言われているくらい簡単に人殺しの依頼をしてくる。歪な性格をしてやがる。

 ここはどうするのが良いか。

 こういう時の俺の処世術は【上に丸投げ】だ。


「フレイヤがどこまで知っているか知らないが俺はエクス帝国の外交団の副団長だ。団長はベルク宰相になる。副団長として団長の指示以外に従うつもりは無いな」


 フレイヤは醜悪しゅうあくな笑みを浮かべ口を開いた。


「そんな事は知っているわ。エル・サライドールを殺すのは頼み事の一つよ。本命はベルク宰相を内密に殺して欲しいのよ」


 はぁ!!

 この娘の思考が分からん。何で俺がベルク宰相を殺さねばならない。頼まれてもやるわけないだろ。

 怪訝そうな俺の顔にフレイヤは軽い失望をしたようだ。


「ジョージって外見は良いけど、頭の回転は悪いみたいね。いいわ、説明してあげる。特別よ。ベルク宰相は戦争反対派なのね。ハッキリ言えばロード王国に攻め入りたいノースコート侯爵家には目の上のたんこぶなの。簡単にいえば政敵ね。死んでもらうと嬉しいのよ。そのベルク宰相がロード王国内で殺されるの。どうなる?」


 国内的には侵略戦争推進派の勢いを止める人がいなくなる。ロード王国内で殺されたとなると犯人はロード王国とエクス帝国は主張ができる。戦争を止めようとしてロード王国に出向いたベルク宰相が殺されたとなれば、侵略戦争の大義名分が出来上がる。

 なるほど、戦争を止めるのは大変だが、始めるのは簡単なんだな。


 フレイヤが得意げな顔で言葉を続ける。


「ジョージにも分かったみたいね。ベルク宰相を殺す時はちゃんとロード王国がやったように見せかけてもらうとありがたいかな。まぁロード王国内で死ねば、何とでも主張はできるからね。ジョージは外交団の副団長から団長になってもらって、ロード王国の国王と謁見してもらいたいの。それでロード王国の上層部を一網打尽にして欲しいのよね。それでロード王国が混乱すれば、簡単にエクス帝国が勝てるでしょ」


 怖いわ、この子。

 この考えは誰の発案なんだ。

 俺の思考を察したのかフレイヤは言葉を続ける。


「私はただ今日の夕方にお父様に報告に来たゾロン騎士団団長の話を聞いただけよ。別に誰にも頼まれていないわ。私は自分で考えて動いているの」


「何で君はそんなにロード王国に侵略戦争をしたいんだ。今のままで充分だろ?」


「何を言っているのか分からないわ。ノースコート侯爵家の権勢を保つためには必要な事だわ。現状維持は衰退を意味しているのよ」


「そのやり方では多くの血が流れる必要があるんだぞ」


「私やノースコート侯爵家の血が流れないのなら関係ないわ。皆そうなんじゃないの?」


 こう開き直られると何を言っても平行線だ。

 諦めよう。


「俺とフレイヤでは一生分かり合えないかもしれないな。この話はここだけの話にしておくよ。それで構わないかな?」


「あら、そうかしら。私はジョージとなら分かり合えると思っているのだけど。最後にノースコート侯爵家ではジョージとお姉様との結婚を機に、ジョージをロード王国戦争推進派に取り込むつもりよ。失敗した場合、戦争反対派のお姉様はノースコート侯爵家から恨まれるかもしれないわ。案外、簡単に死んじゃうかも」


 俺は顔を伏せた。

 調子に乗って喋り続けるフレイヤ。


「お姉様が死んだら、ノースコート侯爵家はたぶん私を使ってジョージを取り込もうとするばずだわ」


 自信満々のフレイヤの声が応接室に響く。

 限界だ。

 体内で暴れる魔力を抑えていたが決壊する。

 フレイヤの言葉は俺の逆鱗に触れた。

 魔力が暴走する。

 風の無い応接室に突風が吹き始めた。


「もう一度言ってみろ」


 低く深い声が俺から発せられた。

 状況の変化に戸惑っているフレイヤ。

 もう激情が抑えられない。

 俺の声は怒声に変わった。


「俺の前でもう一度同じ事を言ってみろ! スミレが死ぬだと!」


 魔力の突風に怯えるフレイヤ。

 顔が青褪めている。


「ノースコート侯爵家がスミレを殺すと言うなら、俺がノースコート侯爵家を先に皆殺しにしてやる!」


 俺が叫んだ時、俺の前に執事長のマリウスが止めに入った。


「落ち着いてくださいご主人様! こんな小娘の戯言たわごとに心を乱してはなりません! スミレ様が死ぬような事など起きるわけがありません!」


 決死の表情のマリウス。

 それを見て頭が冷えた。

 急速に暴走していた魔力が落ち着く。

 ホッとした表情のマリウス。


「マリウス、悪かったよ。俺はスミレの事になるとカッとなるんだな。今後気を付ける」


「それが良いでしょう。スミレ様はジョージ様の強い味方ではありますが、最大の弱点にも変わる場合があります。いつでも冷静に対処してください」


 こういう忠告は大事だね。

 心に刻んでおこう。


「さて、この娘をどうしましょうか? 下の方が決壊してますね。ナタリー、着替えさせてあげてください」


「ちょっと待ってくれるかな。伝言を頼むから」


 俺はお漏らしをしてしまったフレイヤを正面から見つめる。

 怯えるフレイヤ。


「良いか、フレイヤ。今日、ここであった内容を包み隠さず父親であるギラン・ノースコート侯爵家当主に伝えろ。そしてもし俺やスミレやこの屋敷の使用人等の身内に変な事を画策するようなら容赦はしないと一言いちごん一句いっく間違えずに伝えるんだ。分かったな?」


 放心した状態で首を縦に振るフレイヤ。

 大丈夫かいな。

 フレイヤはナンシーに連れられて応接室を後にした。

 それから雑用係のザインにノースコート侯爵家に行ってもらい、ノースコート侯爵家がフレイヤを迎えに来るように伝えてもらった。


 1時間くらいでスミレがノースコート侯爵家の馬車でフレイヤを迎えに来た。

 まだ怯えが抜けていないフレイヤを見て、俺は少しスミレに睨まれたが何も言わずにそのまま帰って行った。

 スミレには明日、説明しないとな。

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