第46話 現在に浮かび上がる過去
7月20日〜22日
特に変わらない日々を過ごす。ドラゴン討伐も作業化している。これはとても良い事と思うようにしている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
7月23日【白の日】
明日の休みはスミレと指輪を取りに行く予定。
昼食はこの間の店とは違うところに行ってみるかな。
午前中の揺れる胸の鑑賞、もといドラゴン討伐を終え、昼食後にサイファ団長を訪ねる。
毎週行われる報告会だ。
「提案書は見せてもらったわ」
少し渋い表情のサイファ団長。
あら提案が通らなかったかな?
「結論から言うわね。修練部の提案は通ったわ。反対意見もあったけど、ザラス陛下が決定したわ。来週からはギルドカードを確認してから修練のダンジョンへ連れて行ってあげてね」
そうなんだ。ならサイファ団長の渋い表情はなんだろな?
「まぁこの修練部の提案をどうするかで
「それはありがとうございます。これで安心して修練部の活動ができます」
「どう致しまして。それより大変な事があったのよ。ロード王国に送った使者団の1人が慌てて帰ってきたの。ロード王国の真意を確認する使者団の前でロード王国の上層部が言い争いを始めたんだって。エクス帝国に攻めるべき、使者団等殺してしまえって発言する人もいたみたい。反対に先月の末にジョージ君とオーガのモンスターハウスに行ったロード王国の騎士が頑強に反対したみたい。エクス帝国使者団としては状況がどう転ぶか分からないため、1人だけ馬を数頭潰して帰還させたのね」
あらら、ロード王国側も血の気が多い人がいるんだな。
「帰還した使者の情報によるとドットバン伯爵家の領軍を撃退した魔導師がロード王国内で英雄視されているみたいね。それが開戦派の追い風になってるそうよ。なんでもその魔導師は
ふ〜ん。そんな英雄がいたらロード王国もエクス帝国との開戦も辞さないか。
サイファ団長が重い内容の話を切り出した。
「ジョージ君とスミレさんには、そのロード王国の英雄の暗殺指令が出るかもしれないわ。その心構えはしておいてね」
暗殺かぁ。
英雄1人殺すだけで戦争が回避できるのならそれもありかもしれないけど、そんなに上手くいくかな? やっぱり人を殺すとなると冷静でいられるかな? 自信があるような、ないような……。
「えっと英雄の名前はエル・サライドール。ロード王国のサライドール子爵の孫娘ね。今年からロード王国の軍隊に入隊したみたいね」
エル・サライドール!?
その名前を聞いて俺の頭は真っ白になった。サイファ団長の声が遠くに聞こえる。
俺が何とか頭が働き出すまで、
サイファ団長からとても心配されたが、週明けの午前中に説明すると約束して解放してもらった。
修練部の部屋に戻ると同じく心配しているスミレが声をかけてくる。
「ジョージ! どうしたの? 顔が真っ青よ!」
まだ頭がしっかり働いていないな。でも話すしかないか。
「前に話した内容だけど、俺の母は妹を連れて、家を出て行った。俺と親父を捨ててね。確か母は親父と駆け落ちしたみたいなんだ。母の実家はサライドールって聞いた思い出がある。それがロード王国の貴族だとは知らなかったけどね。妹の名前はエルだよ」
「その話は本当なの? 勘違いではない?」
「母親が実家から持ってきた懐中時計の裏にはサライドールって彫ってあったよ。たぶん間違いないと思う」
「それじゃ、妹の暗殺指令が出るかもしれないって事?」
俺の中で、母と妹の事は過去になっていた。そう思っていたがそうじゃないのか? これだけ動揺しているんだから過去じゃないんだろうな。
スミレが心配そうな顔で俺を見ている。
スミレは俺と温かい家庭を作る人だ。こんな顔をさせてはならない。過去としっかり向き合って清算してやる。
決めた! 好き勝手やってやる!
「スミレ! 結婚式を挙げたらロード王国に行くぞ! 過去をスッキリさせたい。くだらない思惑なんてクソ喰らえだ!」
驚いた顔になるスミレ。
「それはロード王国と戦争しに行くって事?」
「そうじゃないよ。だけど邪魔する奴は排除する。事前に警告はするけどね」
「ジョージが過去と向き合うのなら、私は付いていくわ。ジョージを守るのが私の存在意義だから」
えっ! いつのまにかそんな存在意義ができたのか? 俺がスミレを守るつもりなのに……。
「俺がスミレを守るんだよ。それは譲れない」
「私も譲れないから2人で守り合いましょうか?」
そう言って笑顔になるスミレ。
俺はスミレを好きになって良かったと深く思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
7月24日【無の日】
吹っ切れた俺はテンションが高くなっている。
今日は結婚指輪を取りに行く予定だ。
ロード王国に行くなら、ミスリルの指輪はちょうど良かったな。
スミレと待ち合わせをして少し豪華なランチを食べた。テンションあげあげだからだな。
そのテンションのまま宝石店に入る。
サイズ調整がされた指輪をはめてみる。
バッチリだ。
早速指輪に魔法を込めようか。
「スミレ、ちょっと指輪を貸してくれる? 魔法を込めるから」
スミレから指輪を受け取って手のひらに乗せる。
全力で集中をしてやる。スミレを襲う攻撃を全て防ぐようなイメージだ。
詠唱を丁寧に始める。
【水の慈愛、清らかな水流で害意を防げ、ウォーターカーテン!】
魔法がミスリルの指輪に吸い込まれていく。
しかし吸収できる許容量があるのか、90%以上は魔法が漏れ出している感じだ。
ミスリルの白銀色が青銀色に変化する。ウォーターカーテンの魔法が指輪に込める事ができた。
まぁこんなもんで大丈夫でしょ。
自分の指輪にもウォーターカーテンの魔法を込めた。
これで不意な奇襲を受けてもウォーターカーテンが守ってくれるだろうな。
結婚指輪は結婚式で使うので一度俺が預かっておく事になった。
スミレは来週の結婚式の準備があるため、今日はこれで別れた。
俺は1人で街をぶらついた。
気がつくと昔住んでいた古い家の前にいた。
親父が死んでから売り払った家だ。今は他の人が住んでいる。
この家での思い出はあまり良くない。
暴力を振るう親父。
泣いてばかりいる母。
無口な妹。
俺もあまり喋らなかったな。
家族愛を感じた事はほとんど無かった。
隣の家庭から聞こえてくる笑い声に憧れた。
俺は鬱屈した少年時代を過ごしてきたんだろうな。
エクス帝国高等学校で初めてみたスミレに一瞬で目を奪われた。
それ以来、ずっと遠くから魔力を感じたり、眺めて過ごしていた。
生まれてきて良かったと初めて思えた時間だった。
それが今はそのスミレに触れる事ができる。
温かい家庭を作り上げるためにも過去と向き合って決別しないといけないな。
古い家の前で改めて俺は決意を固めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます