第40話 黒月
7月3日【赤の日】
今日も朝からドラゴン討伐。
地下4階までの道中、スミレの揺れる胸を凝視する俺。婚約してからは盗み見る必要性が無くなった。
まずは最初の1体を倒して魔石運搬の為にダンジョンの入り口に戻る。その途中でオーガのモンスターハウスに寄るのを忘れない。
「スミレ、今回のオーガのモンスターハウスは俺にやらせてくれない? 試したい魔法があるんだ」
「へぇ! どんな魔法を見せてくれるか楽しみね」
「まぁ見てからのお楽しみにね。危なかったら助けてくれ」
俺は喜び勇んでモンスターハウスの扉を開けた。
丁寧に魔法を詠唱する。
【疾走する
不可視の魔法がオーガの群れを襲う。
イメージでは100本の刃を放出した。
輪切りになってしまったオーガ。
こりゃ酷い光景だ。人に使っちゃいけない魔法だな。
ストームブレードを見たスミレは興奮している。
「やはりジョージの魔法は凄いわね。この魔法は避けられない。硬いオーガが豆腐のように斬れているわ」
魔石に変わる前のオーガの死体の切り口を見てうっとりしているスミレ。
スミレにこんな一面があるなんて……。
しかしそんなスミレも魅力的だ。
安心してくれ。
自分が馬鹿になっている自覚はある。
だけどこれが愛なんだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スミレと午後の付き添いの担当について話し合った。
スミレからは俺のレベルに追い付きたいと言われる。遂にスミレが俺に自分のギルドカードを見せてくれた。現在、レベルが123だ。
俺は乙女の秘密を知ってしまった。
スミレが俺にレベルが追いつくまで午後のオーガ討伐の付き添いはスミレが担当する事になった。
でも胸部装備は忘れるなよ。
当分、俺の午後は暇だな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔導団本部に戻るとサイファ団長に呼ばれた。
サイファ団長は無言で一振りの刀を取り出した。鞘も柄も闇夜のような漆黒だ。
「凄いわね、ジョージ。今朝ベルク宰相に【黒月】の事を話したら、もうエクス城から届いたわ。エクス帝国がジョージの事をどれだけ重要視しているのが分かるわ」
俺は震える手でサイファ団長から【黒月】を受け取った。
柄を握った瞬間に分かる。こいつは俺に使って欲しいと願っていると。
「サイファ団長! 抜いてみて良いですか?」
「ここでは危ないでしょ。修練場かダンジョンにしなさい」
「分かりました! それでは失礼致します!」
俺は速攻で修練場に走りだした。
修練場に着くと、俺はもう待ち切れない思いで鞘から【黒月】を抜く。
【黒月】の刃はこれまた漆黒だった。
どこまでも光りを吸い込む漆黒。いったい、どんな材料で作られているんだ。
早速、剣の型の素振りを開始する。
上段の構えから袈裟斬り。
まるで腕の延長のような刀だ。俺の力とスピードにも難なく耐えている。
自分の半身が見つかったようだ。
もう居ても立っても居られない。
俺は【黒月】を握りしめ、帝都の西の白亜のダンジョンに走り出していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
白亜のダンジョンでは魔力ソナーと身体能力向上の併用をして走り抜けた。
魔物は【黒月】で一刀で斬り捨てる。
【黒月】は長い間、宝物庫に入っていた鬱憤を晴らすような斬れ味だ。
俺が通ったダンジョンの通路のあとには魔石が転がっていた。
結局、地下10階でオークキングを倒したところで俺は満足して帰還した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
7月4日【黒の日】
いつも通り修練のダンジョンの入り口でスミレと待ち合わせだ。
スミレに近づいていく時に異変があった。腰の【黒月】がリンリンリンと鳴き始めた。
それに呼応するようにスミレの【雪花】もリンリンリンと鳴き始める。
それは魂に語りかける音。
俺とスミレはお互いに刀を抜いていた。
黒い刃の【黒月】と白い刃の【雪花】。
2つの刃が近づくとリンリンリンと鳴る音が高くなる。
刃を合わせた時が最高音量になった。
そのまま刃を合わせていると少しずつ音が静かになり止まった。
何だったんだろう?
【黒月】は【雪花】の対になっている刀と聞いていたけど、それに関係しているのかな?
「その刀、凄い刀だね。どうしたの?」
俺はスミレに【黒月】を下賜された経緯を話した。
「【雪花】の対となる刀なんだ。同じ刀匠が作成したのかもしれないね。【黒月】にも魔力を通してみた?」
「いや試してないや」
「たぶん【雪花】のように魔力の刃ができると思うよ。ジョージが作る魔力の刃なんて綺麗なんだろうな」
「今日の午後に修練場で試してみるよ。ぶっつけ本番は怖いからね。それじゃ今日もドラゴン討伐に行きますか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り地下4階を目指す。
地下3階に入る時にスミレが口を開く。
「今日の【雪花】はいつもより切れ味が増しているよ。【黒月】に良いところを見せたいのかしら?」
「意志のある刀か。何か凄いね。でもたぶん正解なんだろうね。俺が【黒月】の柄を握った時に【黒月】が喜んでいるのを感じたからね」
「【雪花】のためにも良いところを見せてやりたいがドラゴン相手にジャンプするのは危険性が高いからなぁ。まあ今日はオーガのモンスターハウスで我慢してもらうさ」
ドラゴンを討伐してオーガのモンスターハウスに向かう。俺の両手はドラゴンの魔石で塞がっている。
オーガのモンスターハウスが近づくとリンリンリンと【雪花】と【黒月】が鳴り始める。
あ、これは一緒に戦いたいって事だな。
スミレと頷き合い2人で刀を使ってオーガのモンスターハウスを殲滅することにした。
オーガのモンスターハウスに入ってすぐにドラゴンの魔石を置く。
【黒月】を抜くと【黒月】は勝手に俺の魔力を吸い出している。
まあ俺の魔力総量からすれば微々たるものだ。
【黒月】を振ると刃が伸びている。
黒色の魔力の刃だ。伸びた刃はダンジョンの壁に当たりそうになると勝手に長さを調節する。
こりゃ楽だ。
魔力を強く込めると何処までも伸びていく刃。
なんだこの刀。
これなら近距離だけじゃなく中距離、いや長距離も死角がないんじゃないか?
いろいろ試しながらオーガを
「やはりジョージは凄いな。魔力制御が優れているから【黒月】の刃があんなに自由自在なんだ。私ではまだまだ【雪花】の潜在能力を使いこなせていないな」
「でもその分、スミレとは刀の取り回しに雲泥の差があるんだからね。【雪花】もスミレが相棒で満足しているさ。それにスミレの魔力制御も少しずつ伸びているじゃないか。俺もスミレもまだまだ伸びるよ。刀に恥じない努力を続けよう」
「そうだな。ゆっくりでも良いから前に進もうか」
いつの間にか【黒月】と【雪花】の音は止まっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後からは修練部の部屋で魔法の勉強をする事にした。
無詠唱魔法って使えないのかな? 魔法が無詠唱で発動すれば近距離戦闘が苦手な魔導団に革命が訪れるはずだ。
俺は早速【呪文解析概論】を読んでみた。
なになに、呪文には【起動の句】と【主文の句】と【魔法名】で成り立っているだって?
何を言っているんだ?
アイシクルアローの呪文は、
【
起動の句は【
起動の句は属性の何の特徴を使うかを明確にする事。
なるほどなぁ。これから氷の静謐せいひつの特徴を使うと言う事か。
主文の句は【
主文の句は起動させた特徴をどのようにするのか命令する事か。
魔法名は【アイシクルアロー!】。
魔法名は呪文の詠唱で得られたイメージを纏め上げる事か。
呪文の成り立ちは分かった。
でもこれだけで無詠唱には繋がらないなぁ。
劣等生だった俺に、誰にもできない無詠唱なんて考えつくはずが無いな。
魔法に長けている人と言えば……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は今分厚い扉の前にいる。
今は圧力は感じなくなっている。
後から考えればこの分厚い扉が魔法と言う深淵へと
俺はそんなつもりも無いまま、いつものようにその分厚い扉を開いた。
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