第36話 屋敷ゲットだぜ!!
6月27日【赤の日】
今日は朝からエクス城に行く予定だ。
ノースコート侯爵家が馬車を出してくれた。スミレとカスタール商会の人も一緒だ。
エクス城で訪問の内容を話したらベルク宰相が応対してくれる事になった。ちょっと恐縮してしまう。カスタール商会の人は馬車で待機してもらう事にした。
文官に部屋に案内されて待っているとベルク宰相と若い男性が部屋に入ってきた。ベルク宰相は相変わらず隙がない印象を受ける。
俺を見た後にスミレを一瞥する。
「本日は陞爵時の祝いである屋敷の選定と聞いていたが?」
「ベルク宰相、お時間を取っていただきありがとうございます。実はこの度こちらのスミレ・ノースコートと結婚する事になりまして。屋敷は新居になる事から一緒に選んでもらおうと思い連れて来ました」
「何と、結婚ですか。それは喜ばしい。なるほどノースコート侯爵家の娘さんとですか」
目が笑っていない。ベルク宰相の頭の中ではこれからの政争が何通りも予測しているんだろう。
「安心してください。スミレはノースコート侯爵家ですが侵略戦争推進派ではありません。私と同じエクス魔導団の軍人です。忠誠はザラス陛下にございます」
薄い笑みを見せるベルク宰相。
「そのような情報をいただけるのはありがたいが、ジョージさんも腹芸を覚えたほうが良いのではないか?」
「私に腹芸は無理ですよ。困ったら力で捩じ伏せる事にしたんです」
冗談ぽく言ったが言葉にするとダメだな。
「ハハハハハ! 若者の特権ですな。年配者の私はジョージさんの力がこちらに向かわないように画策させていただきますよ。それで屋敷の件だったな。こちらのバルクに一任しているから気に入った屋敷を選んでくれれば良いよ」
「あと、頼みたい事があるのですが」
「なんだね。できる範囲ならなんでも頼まれるぞ」
「屋敷で雇う人を揃える事ができる人を紹介して欲しいんです。ノースコート侯爵家のギランさんからはカスタール商会を使えと言われましたが、侵略戦争推進派に深く関わりそうなので。できればベルク宰相の知り合いに頼みたいと思いまして」
「なるほど、ノースコート侯爵家の御用達のカスタール商会は確かに侵略戦争推進派だ。戦争で儲けたいんだろうな。了解した。私の知り合いを紹介させてもらうよ。なんだ、ジョージさんは政争のバランス感覚が優れているじゃないか」
「スミレの提案ですよ。ノースコート侯爵家との距離感を間違えないように言われています」
「それは良い心掛けだ。今は難しい時期だしな。ジョージさんには期待しているよ。では後はこちらのバルクに任せて仕事に戻らせてもらうよ」
颯爽と部屋を出て行ったベルク宰相。
できる男って感じだね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
屋敷の候補地は全部で5ヶ所。
2ヶ所は魔導団本部から遠いため除外した。1番初めにバルクさんに連れて行かれた屋敷は少し古かった。住むなら手直しが結構かかりそう。まあ無料ただで貰える屋敷だから、そんなに良い物件はないかな。
そんな思いを吹き飛ばしたのは2番目の屋敷だった。
少し小さめな屋敷だが、オシャレな外見で新しい。庭も広めで鍛錬ができそうだ。魔導団本部からも歩いて5分だ。
バルクさんが胸を張って声を上げる。
「ここはお勧めの屋敷ですよ。もともと辺境伯の帝都の屋敷だったのですが、国への税金が払えなくて接収された屋敷ですね。築2年程で殆ど人が住んでいなかったですからね」
一応最後の屋敷も見て回ったが、やはり2番目に見た屋敷を選択する事になった。
スミレはカスタール商会の人と必要な家具や調理器具一式、布団や食器などの細々したものを注文していた。
家の事は女性に任せるに限るね。
これで住む場所を確保できた。使用人を雇ったら、すぐにでも引っ越しをしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後からは結婚式に呼ぶ人をスミレと相談した。俺に知り合いは少ないからなぁ。皇帝陛下と皇太子と宰相には声をかけるか。出席してくれるかわからないけど。サイファ団長は確定だな。後は修練のダンジョンのオーガ討伐に連れて行った人に声をかけるか。
スミレは親の関係で呼ぶ人が多そうだ。大変だな。
結婚式はキリス正教会で誓いの言葉を交わすくらいだから30分もあれば終わる。
その後のパーティをどうするか。
俺とスミレらしく魔導団本部のホールでも借りてやろうかな。どうせなら楽しくやりたいよね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6月28日【黒の日】
ベルク宰相から紹介される人は年配の男性らしい。
公爵家の執事長をしていたそうなのだが公爵家で代替わりがあり、新しい公爵と馬が合わなかったようだ。仕事がとてもできる人らしい。
帝都中央通りのカフェで待ち合わせだ。スミレと2人で会う予定。
カフェに早めに着いてお茶を飲んでいると隙のない年配の男性がテーブルに近づいてきた。
「失礼致します。ジョージ・グラコート伯爵様でしょうか? 私はマリウスと言います。ベルク宰相からお声掛けを受けてお伺いいたしました」
マリウスさんはなんか疲れている雰囲気だ。
「はい、私がジョージ・グラコートです。こちらが婚約者のスミレ・ノースコート。今度結婚する相手です」
ノースコートの名前を聞いて少し眉を顰めるマリウスさん。
「ベルク宰相からのお声掛けでしたが、お断りしないと駄目かもしれません」
あらら。なんでだ。
「私はバラス公爵家に仕えておりました。先代が亡くなり、今代の当主は侵略戦争推進派でございます。私は侵略戦争の否定派ですからノースコート侯爵家の奥方と上手くいくのは難しいと思います」
なるほどねぇ。こんな所にも派閥争いがあるんだ。
「安心してください。スミレの実家はノースコート侯爵家ですが侵略戦争否定派です。その証拠としてはベルク宰相が薦めてくれた事ですよ。ベルク宰相は侵略戦争否定派でしょう」
ハッとして居住まいを正すマリウスさん。
「これは奥方に失礼な事を申しました。侵略戦争否定派でノースコート侯爵家にいるのでは辛い想いもしていることでしょう」
「それでマリウスさんはウチで働いてくれるのかな?」
「ベルク宰相の紹介ですからジョージ様が素晴らしい方だと思います。是非こちらからよろしくお願いします」
うん、良かった。この人なら屋敷を任せられそうだ。
「それならよろしく頼むよ。それと執事はマリウスさんに任せるとして、あとはメイドが2人と料理人が1人、雑用係が1人最低必要だと思うんだ。マリウスさんに心当たりはあるかな?」
「私の妻がバラス公爵家でメイド長をしておりました。私と一緒にバラス公爵家を辞めましたので、よろしければ雇っていただきたく思います。他の人員にも伝手がありますので問題なく人は集まります」
「それは良かった。マリウスさんに全て任せちゃうね」
「それとですね、ジョージ様は私の雇い主になります。どうかマリウスとお呼びください」
そっか、そういうもんだね。
「分かったよマリウス。これからよろしく頼む」
マリウスは俺が差し出した右手をしっかりと握り返してくれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6月29日【白の日】
今日は新しい屋敷に家具やら日用道具やらが搬入される予定だ。
使用人もどんどん引っ越してくる。
使用人は執事長のマリウス、その妻のメイド長のナタリー、メイド見習いのサラ、料理人のバキ、雑用係はマリウスとナタリーの息子のザインに決まった。
ザイン以外は全てバラス公爵家が代替わりで辞めた人間だ。有能な人間なら問題はない。
ザインは今年の春に高等学校を卒業していたが今代のバラス公爵に嫌がらせを受けて就職ができていなかったそうだ。
バラス公爵って陰険なんだな。
ザインには執事の勉強もさせるそうだ。ゆくゆくはマリウスの後を継がせる事になるかもね。
俺も宿舎から引っ越す事にした。
荷物は馬車一台分もない質素な引っ越しだ。俺の荷物の量が少ない事に使用人の皆が呆れていた。
しょうがないじゃないか。あんな狭い部屋にそんなに荷物は置けなかったんだから……。
当たり前だが1番立派で大きな部屋が俺の部屋になる。
立派なデスクに圧倒されてしまう自分が情けない。慣れるまでは相当時間がかかるな。
荷物を整理しているとメイド見習いのサラがお茶を入れてくれた。
サラは男爵の娘で花嫁修行中だ。俺を見る目が憧れに溢れている。魅力的な女性ではあるがサラからは打算を感じるので欲情はしない。
荷物が片付いたので執事長のマリウスとその妻のメイド長のナタリーを自室に呼んだ。
まずはマリウスに頼む内容だな。
「引っ越し作業中に呼び出して申し訳ないね。マリウスにはグラコート伯爵家の金銭管理もお願いしたいんだ。俺は領地を持っていないからそんなに大変じゃないと思う。収入は国から年間1億バルト。後は魔導団の給料が今は年間2千万バルト。スミレも2千万バルトをもらっている。それ以外に臨時収入があるんだ。修練のダンジョンで得られるオーガの魔石の納品だね。これが月に1,250万バルトになる。ただしこの臨時収入は変動するから何とも言えないな。まぁ確実に入る年間1億4千万でグラコート伯爵家を運営して欲しいんだ。月に一度収支報告を俺にしてもらえれば良いから。やりやすいようにやってね」
「ご主人様は領地が無いのに、そんなに収入があるのですか」
「あまりお金に執着してないから赤字にならない様にだけ注意してね。それに伯爵になると臨時の出費があると思うから、その備えもよろしくね」
「了解致しました。お任せください」
よし、これで楽ができる。人を雇うのは楽するためだからね。
次はナタリーだな。
「ナタリーに頼みたいのはスミレの事なんだ」
「奥方様の事ですか?」
「男性だと分からない事がたくさんあるからね。結婚して生活も変わると思うからフォローして欲しいんだ。後はやりやすいように仕事をしてもらって良いよ。あ、マリウスとはしっかり話し合ってね」
「了解致しました。奥方様の事は心に留めておきます。ジョージ様には主人と私と息子を拾ってもらった恩があります。誠心誠意尽くさせていただきます」
「俺は有能な人材を得られて幸運だったから気にしないでね。せっかく領地も無く小さな伯爵家だから皆んなとは家族同然のような関係になりたいな」
「ありがたいお言葉です」
「それじゃ皆で楽しく過ごしていきましょう!」
なかなか良いスタートが切れそうで良かった。後はスミレが来るのを待つだけだね。
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