第34話 ノースコート侯爵家の人々・1
6月26日【緑の日】。
サイファ団長に言われた通り、ゆっくり休むつもりだったがいろんな事をしないといけなくなった。
休みは今日から5日間だ。
まずはノースコート侯爵家に挨拶に行かないといけない。
結婚まではどのくらいの期間が必要なのかな? 貴族だと1年以上はザラのはずだ。
ドラゴン討伐指令があったから後回しにしていたけど、陞爵のお祝いに帝都に屋敷をくれるってベルク宰相が言っていたな。スミレとの新居にする予定だからベルク宰相と会う時はスミレにもいてもらったほうが良いな。
それにしても、この魔導団独身宿舎を出る事になるのか。
2年ちょいしかいなかったけど、何か感慨深い。魔導団本部が隣だから通うのに楽だったのになぁ。取り敢えず、いつでも宿舎を出られるように片付けていこう。
あれ、スミレの魔力反応が近づいてくる。
魔力ソナーはもう無意識にやっているからなぁ。スミレの居場所がすぐにわかってしまう。ストーカーには与えてはならない能力だな。
スミレの魔力反応は真っ直ぐ宿舎に向かっている。
俺に用事かな? 外まで出迎えようかな。
でもなぁ……。
スミレの魔力反応は宿舎の中に入ってきて俺の部屋の前まで来た。
ノックがされる前に扉を開ける。
驚いた顔のスミレ。
スミレの腕を掴み、少し強引に部屋に入れる。そのまま強く抱き締めた。
あぁ……。スミレの香りは最高だな。
「もう朝から情熱的ね。おはようジョージ」
「おはようスミレ。独身宿舎を女性1人で歩くと危ない目に遭うから注意してね」
「本当だわ。男性にいきなり抱きつかれてしまうのね」
「抱きつかれてしまうだけじゃないんだよ」
俺はスミレと唇を合わせた。
今日のキスはスミレの香りに包まれたキスだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スミレとの朝の挨拶(?)を済ませてから俺を訪ねてきた理由を聞いた。
「急な話なんだけど今日時間取れるかな? 父親と母親がジョージに会いたいって。今、ちょうどノースコートの領地から帝都に2人共来ているのよ」
おぉ! いきなり結婚イベントが進んでいるのか。避ける理由がないね。
「大丈夫だよ。是非伺わせてもらうよ。ご両親にはしっかりと挨拶をしておきたいからね」
「それなら昼の2時に私がここまで迎えにくるわ」
ホッとした顔を見せるスミレ。
俺からも伝える事があるな。
「明日か明後日にエクス城まで一緒に行ってくれないか? 伯爵の陞爵のお祝いに帝都に屋敷をもらえるはずなんだ。スミレとの新居にしたいから、スミレの意見をしっかり反映させたいんだよ」
「それなら明日、エクス城に行ってみましょうか。ベルク宰相が時間が取れなくても担当者がいるはずだから無駄足にはならないはずよ」
何か、スミレの話し方が女性らしくなったな。
これが素なのかな?
まぁどちらでもスミレはスミレだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「初めてお目にかかります。私はジョージ・グラコートと申します」
今、俺はノースコート侯爵家の帝都の屋敷のエントランスにいる。
格好はスミレの意見を取り入れてエクス魔導団の制服を着ている。
あくまで自分はエクス帝国の軍人であり、ザラス皇帝陛下に忠誠を誓っている人間と思わせるためとのこと。ノースコート侯爵家のためには働かない意志を示す事になるようだ。
そしてスミレの家族には、俺の一人称を私で話す。ノースコート侯爵家と良い距離感を取るために注意している。
俺は状況で話し方を変えられる男であるのだ。
俺を出迎えてくれたのはスミレの父親と母親、兄、妹とノースコート侯爵家のオールスターだ。
「丁寧なご挨拶をありがとう。私がノースコート侯爵家当主のギランだ。あとは妻のソフィアと跡取りのドーラン、末の娘のフレイヤだ。よろしく頼むよ」
軽い紹介が終わり、応接室に通された。
応接室にはスミレの父親のギランさんと母親のソフィアさんと俺とスミレの4人が座った。
「改めて自己紹介をさせてもらうよ。私がスミレの父親のギランだ。いつもはここより西のノースコート領で領地経営をしている。今回はスミレがドラゴン討伐指令のパートナーに選ばれたと聞いて慌てて帝都まで駆けつけたんだよ」
スミレの父親のギランさんは銀髪で痩せ型の男性で瞳の色は灰色。
綺麗な鼻筋はスミレに似ている。なんだか野心家の匂いがする。
「こちらが妻のソフィアだ。ソフィアもスミレが心配になって一緒に帝都に来たんだ」
母親のソフィアさんは金髪だ。
スミレと同じ翠色の瞳。透き通った肌や唇がスミレに似ている。
ソフィアは微笑みを浮かべている。
スミレが俺を紹介してくれる。
「この人がエクス帝国魔導団修練部第一部長のジョージ・グラコート伯爵です」
「ジョージ・グラコートです。よろしくお願いします」
ギランが唇の端を上げ、口を開く。
「スミレ、随分省略した紹介だな。ジョージ・グラコートと言えば、現在帝都で1番注目されている人物じゃないか。体内魔法と体外魔法の同時使用が唯一できる存在だ。修練のダンジョンでオーガ討伐による魔導団と騎士団の戦力の底上げか出来る人材だ。極め付けは昨日達成したドラゴン討伐の立役者だ。そんな人物と
領地に引っ込んでいても凄い情報収集力だな。さすがエクス帝国の西の領袖だけはある。
「そう言ってもらえれば嬉しいです。本日こちらまで伺わせていただいた要件は私とスミレさんの婚姻を認めてもらいたくて来ました」
ギランさんの顔が
「それは願ってもない縁だ。素晴らしい英雄と娘が婚姻できるなんてどんな親でも反対などしないだろう。当然、私も妻も賛成させてもらうよ。早速だが結婚式の日取りを決めてしまおう。こういうのは早くしてしまうのが良いな。今日は婚約者になる書類を用意してある」
テーブルに書類が3通出てきた。
少し焦るスミレ。
「お父様。流石にそれは早くないですか?」
「お前は何を言っているんだ。こんな素敵な男性を捕まえたのなら絶対に逃がさないようにするのが当たり前だ。それとも婚約するのが嫌なのか?」
「それは嬉しいけれど……」
頬を紅く染めるスミレ。
可愛い、可愛いぞ!
堪らん一面を見せられた。
「スミレ、俺もスミレと今日婚約者になるのは嬉しいぞ。ここはギランさんのご好意に甘えよう」
俺はペンを持ち、3通の署名欄に名前を記載した。その後にスミレとギランさんが署名をして終了だ。
「この婚約誓約書は1通はウチが、もう1通をジョージさんが、最後の1通をエクス城の貴族戸籍課に提出する事になる。これで婚約の成立だ」
ギランさんはテーブルの上のベルを鳴らすと年配の執事がやってきた。
「この書類をエクス城の貴族戸籍課まで提出してきてくれ。5時までは開いているだろ」
執事は頷いて部屋を退出して行く。
ギランさんが会話を続ける。
「それでは結婚式の日取りなんだが、来月の7月30日の【無の日】でどうかな?」
それって、あと1ヶ月じゃないか!?
貴族って結婚まで短くても半年はかかるもんじゃないのか? 平民の結婚式じゃないよな。
流石にスミレがビックリしたようで口を開く。
「お父様! 流石に1ヶ月では準備が間に合うとは思えません。最低でも3ヶ月は欲しいです」
「ジョージさんとスミレの結婚式は陛下の手前、帝都で行う必要があるだろ。私と妻が帝都にいるうちに何とか結婚式を挙げて欲しいんだ。ドレスや装飾品は御用達の商人に至急やらせる。その他の準備もノースコート侯爵家が責任を持って間に合わせる。安心しろ」
スミレとの結婚イベントが進むと思っていたが、超特急の馬車に乗ったようだ。まぁ早いに越したことはないな。
「良いんじゃないか。俺はできるだけ早くスミレと結婚したいよ」
「おぉ! ジョージさん。ありがとう。絶対立派な結婚式にするとギラン・ノースコートの名にかけて約束するぞ。時間ができたらノースコートの領地でも結婚式を挙げて欲しいな」
うん? もしかしてこれって地雷かな?
スミレさんが口を開く。
「ジョージさんと私がノースコートの領地で結婚式を上げると、いらぬ誤解を持つ者が出てくるでしょう。お兄様の代わりにジョージさんを跡取りにする意志があると考える者が一定数出ます。止めておいたほうが良いかと思います」
「そうか……。う〜ん。後継問題を起こすのは得策じゃないな。ノースコート領での結婚式は止めておこう。ただし時間ができたら領地に遊びにはきてくれな」
やはり地雷だったか。俺を取り込むつもりが御家騒動になったら意味がないもんね。
「わかりました。時間を作って行かせてもらいます」
「今日は夕食を一緒に食べていってくれ。まだ時間があるな。カスタール商会を呼んで結婚式の衣装を決めよう」
またまたテーブル上のベルをギランさんが鳴らすと先程とは違う執事が入室してきた。
「カスタール商会を呼んでくれ。結婚式の衣装を決める。その旨をしっかり伝えて見本を持ってくるように伝えよ」
執事は頭を下げ、すぐに部屋を出る。
やっぱり貴族の領袖ってヤリ手なんだな。次々と事が運んでいく。
「ジョージさん、住む場所はどうするつもりだ?」
「伯爵になったお祝いに国から帝都の屋敷をいただける約束があります。明日の午前中にスミレさんと2人でエクス城の担当者に会おうと思っています」
「それならカスタール商会の者も連れて行くと良いな。家具の見繕いをしてもらえるぞ。ついでに使用人の紹介をしてもらうと良いかな。最低執事が1人とメイドが2人、料理人が1人、雑用係が1人は必要だな」
その後、ドラゴン討伐の話などの雑談をしていたらカスタール商会の人が現れた。
早速ウェディングドレスの話が始まる。
スミレさんの母親のソフィアさんが俺に話かける。
「ジョージさんは結婚式では何を着ますか? 新しく服を作ったほうが良いかしら」
「私は伯爵を陞爵した時に着た式典用のスーツを着るつもりです。スミレさんが私に買ってくれた思い出のスーツです。是非結婚式もそのスーツを着たいですね」
「あら、素敵なお話ね。式典用のスーツなら問題ありませんね。じゃ後はウチのジャジャ馬のドレスだけね」
微笑を浮かべるソフィアさん。
スミレはソフィアさんからはジャジャ馬と思われているのか。まぁ騎士団に入団していたくらいだからな。
父親のギランさんは少し用事があるという事で出かけていった。夕食までには帰宅するそうだ。
母親のソフィアさんとスミレはカスタール商会の人とウェディングドレスについて話し合いのため別室に行ってしまった。
俺が暇をしているとスミレさんの兄のドーランさんが応接室にやってきた。
「暇しているようだね。ちょっと私の話に付き合ってもらえるかな?」
ドーランさんがかけている眼鏡がキラリと光った。
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