第33話 ファーストキスってどんな味?


 俺とスミレさんは手を繋ぎながら、いつもの飲食店に向かった。

 あれからいろいろと帝都の飲食店を調べたが、やはりここの飲食店が帝都一だった。

 とても美味しいもんな。


 いつも通り個室に案内された。

 店員は俺がスミレさんにプレゼントしたすみれの花束を見て、テーブルに花瓶を用意してくれる。華やかなテーブルに早変わりだ。

 流石高級飲食店の店員は気が利くな。


 まずはシャンパンでお祝いをする。


「ドラゴン討伐の成功とこれからの俺とスミレさんの未来に幸せがあることを願って乾杯」


 シャンパングラスを軽く合わせて飲み干した。

 俺は今日という日を一生忘れない。6月25日は記念日に昇格だ。

 流石に今日はいくらでも飲みたい気分だ。でもしっかりとスミレさんをエスコートしたい。お酒は控え目にしていこう。


「今日はスミレさん、いくらでも酔っ払ってくれても良いですよ。俺が責任を持って送っていきますから」


「それならジョージ君がいっぱい飲みなよ。私が介抱してあげるから。ドラゴン討伐指令を受けてから気を張っていただろう」


「せっかくスミレさんに俺の告白を受け入れてもらったのに、いきなり前後不覚になって幻滅されたくありませんから」


「分かった。それならジョージ君に甘えさせてもらうよ。でも酔っ払った私を見て幻滅をしないでくれよ」


 食事が運ばれてきてスミレさんとの会話が弾んできた。

 アルコールでほんのり頬が紅くなっているスミレさんが真剣な顔をする。


「実は私が告白を断ろうと思っていたのは、ノースコート侯爵家がジョージ君を取り込もうと画策すると思ってな。どうしても私はノースコート侯爵家の娘だ。その娘と結婚するとなると侵略戦争推進派と思われる可能性が高い。侵略戦争推進派の力が増す可能性がある。またノースコート侯爵家は戦功と戦争奴隷が欲しいから、侵略戦争に喜んで参戦する。ノースコート侯爵家は君に助力を願うだろう。その時に断れるかわからなくてな」


 家の都合か。貴族間のバランスの取り方は分からないや。


「ジョージ君との結婚についてはノースコート侯爵家は反対しないだろう。いや、むしろ大賛成のはずだ。ジョージ君はドラゴン討伐の英雄になるからな」


「スミレさんだって同じじゃないですか」


「戦争になった時の汎用性が違い過ぎる。ジョージ君1人で一個師団を全滅させる事ができる可能性がある」


 一個師団って1万人くらいか。それくらいならアイシクルアローの乱れ打ちで何とかなるかも。でもそれをやると大量殺戮者だな。


「ジョージ君は城攻めにも対応可能だしな」


 確かに修練場の魔法射撃場を出禁になるくらいの威力だもんな。


「私は近距離戦に特化している。多人数を相手にすると明確に殲滅力が違うんだよ」


 なるほど。

 俺がどれだけ戦争に向いているのかが分かってきた。今までの多人数との戦闘はモンスターハウスの20体前後だけだからな。


「ノースコート侯爵家や侵略戦争推進派の事を考えるとジョージ君の告白を受け入れるにはリスクが大きいと思っていたんだ」


 スミレさんはワインを一口飲んで潤んだ瞳を俺に向ける。


「でもそんな心配事は吹っ飛んだよ。【何があろうと幸せにしてみせます】。この言葉が胸に刺さった。午前中のドラゴン討伐でもジョージ君は逃げずに立ち向かった。全身氷の矢が突き刺さったドラゴンは圧巻だったな。君ならどんな事からも逃げずに立ち向かい、全てを蹴散らせてくれると分かったんだ」


 スミレさんの口はアルコールで滑らかになっているようだ。


「もう、スミレさんっていうのを止めてくれないか? スミレって呼ばれたいな。私もジョージ君は止める。何が良いかな。やっぱりジョージかな? おかしかったら変更すれば良いか」


「分かったよ。恥ずかしいけれどスミレって呼ぶ事にするよ」


 楽しそうに会話していたスミレが急に沈んだ顔になった。


「もう一つ懸念事項があってな。ジョージの不老についてだ。今、私は出来る限り魔力ソナーの訓練を実施している。以前より断然魔力制御の精度が上がっている。だけど流石に君のレベルまでになるのは厳しいとしか言えない。老いを遅らせる事はできるかもしれないが不老まではなれそうにない。私が先に歳を取った時にジョージに捨てられないかと考えてしまってな」


 同じ時間軸で過ごせないって事だ。以前、サイファ団長にも言われたな。


「俺はスミレを生涯愛します。老いは関係ありません。俺はスミレの静謐せいひつで清らかな心に惚れました。スミレの考えに共鳴しました。未来がどうなるかわかりませんが、俺がスミレを愛す事を受け入れてください。スミレが泣くような事はしませんから」


 スミレさんの瞳から涙が溢れた。


「ジョージの言葉は心に刺さるな。嬉しくて涙が出てしまうよ。私の人生で帝国中央公園の噴水の前で君の手を取った選択は最高の行為だったよ」


「俺は早速約束を破ってしまったのかな? 嬉し涙は許してくださいね。これからも幻滅させないように頑張りますよ」


 俺は席を立ってスミレに近づき、ハンカチを出した。

 スミレの涙を拭く。

 赤い眼で俺を見つめるスミレ。

 その翠色の瞳に吸い込まれるように唇を重ね合わせた。

 俺のファーストキスはスミレの涙のためか少ししょっぱかった。

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