第30話 スミレさんとの濃密な時間
ドラゴン討伐指令2日目。
日が替わり現在は修練のダンジョンの地下2階と地下3階を繋ぐ階段で仮眠の時間だ。
俺は仮眠の時はいつも魔力ソナーでスミレさんの
スミレさんの魔力は心地よくて穏やかな気持ちになれるんだよね。俺の安眠魔力だ。
俺が寝に入る前にスミレさんがポツリと口にする。
「こうやってダンジョンの階段でジョージ君と夜を過ごすと、ダンジョン調査の初期に同じ事をしたのを思い出すなぁ」
「まだ2ヶ月前の事ですけどね。いろんな事がありました」
「あの時と同じ質問をして良いかな。ジョージ君は何かやりたい事はないのかい? 将来はどうなりたいんだ?」
やりたい事か。
俺たぶん不老だしな。長く楽しめるものが良いな。
「前に言いましたがダンジョン探索するのが楽しそうですね。あとは魔法の研究とか面白いかもしれないかな。俺には時間がたっぷりあると思うから」
「不老の可能性か。実際どうなんだろうな。魔法の研究か。それは楽しそうだな。君の才能ならいろいろな実験ができるだろう。案外、天職かもしれないな」
そこで沈黙が辺りを包んだ。
何か決心した感じでスミレさんの唇が動いた。
「あ〜、それに前に言ってた、将来は愛する人と温かい家庭を作りたいって話はどうなったんだ?」
「その話を今しますか」
「ジョージ君が伯爵になったから話をしたんだよ。身分違いで結婚できない女性がいなくなったんだからな」
「そうなんですけどね」
「それなら頑張ってみれば良いじゃないか。今のジョージ君は若き伯爵で無双の強さを誇る。外見だって鍛錬のおかげで引き締まり、良い男になっているぞ」
ダンジョンの淡い光に照らされて、スミレさんが魅惑的に見える。
柔らかそうな唇、瞳に吸い込まれそうだ。
俺はもう一歩が踏み出せない。
情けない。
数秒俯いた後に意を決して顔を上げた。
「スミレさん! ドラゴン討伐後に伝えたい事があります! 俺との時間を取ってください!」
キョトンとした表情のスミレさん。
少し経って顔が赤く染まる。流石に話の流れからわかるだろう。
「え、あ、何を……」
「お願いします! ドラゴン討伐成功の後ですから。きっと俺はドラゴン討伐ができたら何も怖くなくなります」
「……。うん、わかった」
それから気恥ずかしさから朝までスミレさんの顔を良く見れなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドラゴン討伐指令3日目。
日が変わったところで昨晩と同じようにスミレさんが話しかけてきた。
「またジョージくんの魔法の威力が上がっていないか?」
「スミレさんの斬撃も威力が上がってますよ。レベルアップの影響ですね」
「それにしてもジョージ君の魔法は凄いな。私でも避け切れる気がしないよ」
「それは俺も同じですよ。スミレさんの斬撃を躱せるとは思えないです」
「戦ったら近距離なら私。中距離から遠距離ならジョージ君に軍配が上がりそうだな」
「たった2人ですけど俺とスミレさんは最高のバランスの取れたパーティだと思いますよ」
「最高のパーティか、フフフ……。それは嬉しいな」
スミレさんは俺とお揃いのブレスレットを触る。俺もそれを見て自分のブレスレットを触る。
この時、2人の想いは確かに重なっていたと思う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドラゴン討伐指令4日目。
今日も日が替わった夜中の0時からスミレさんとの会話が始まった。何か恒例になってきている。
「ドラゴン討伐が成功すればロード王国との戦争は回避されますかね?」
「どうだろうな。普通に考えればドラゴンを倒せるような奴がいる軍と戦うという選択は取りにくいと思うけどな。ロード王国から攻めてくる可能性は下がるはずだ」
「と言うと?」
「こちらからロード王国に攻め入る可能性が高まるかもしれない。侵略戦争推進派が勢いを増すからな」
「俺やスミレさんが侵略戦争に
「侵略戦争するにあたって、私達2人はただの抑止力で良いんだ。存在だけで充分戦力になるからな。それに私達が侵略戦争にでなければ戦功を挙げたい貴族は喜ぶだろうよ」
難しいなぁ。
大きな流れができると誰にも止められないのか。
世の中の無常を感じながら寝に入った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドラゴン討伐指令5日目。
恒例になったスミレさんとの会話が今日も始まった。
「ジョージ君は何で夢が温かい家庭を作りたい事なんだ? 温かい家庭を作りたいのは普通の事で、夢とは違うような気がしてな」
「まぁ自分の家がそれほど良い家庭ではなかったからですかね。憧れがあるんです。親父は建築の職人でした。それなりに平民としては裕福な家庭だったと思います。でも家庭人としては最低の父親でした。毎日酒を飲んで帰って来て、家族に暴力を振るうんです」
真剣に話を聞いてくれるスミレさん。
こりゃ話を止めるわけにはいかないか。
「俺は親父が怖かったです。いつも怯えていた。どこに親父がいるのか。いつ帰ってくるのか。帰ってくる時間には逃げるように自分の部屋に逃げ込んでいました。実はそれが俺の魔力ソナーの原点なんです。魔力ソナーで親父の魔力を察知して逃げていました。魔力ソナーの有効範囲が少しずつ広がっていきました」
悲しそうな顔になるスミレさん。
「母親はいつも親父が帰宅する数分前に急に自室に消える俺に薄気味悪さを感じていたようです。母親からはそんな目で見られていましたね。母親が親父に耐えられなくなって、家から出て行った時に俺は置いていかれました。まぁ母親と俺の相性も良くなかったんでしょうね。でも俺は母親に捨てられたんです。親父はその後酒の飲み過ぎが祟って早死にしました。親父はそこそこお金は残していたのでエクス帝国高等学校は卒業できました。何とか魔導団に入団できて今に至ります。だから俺は温かい家庭に憧れているんです。夢なんです」
スミレさんの瞳から涙が溢れた。
俺の頭を胸に押し付けて抱きしめる。
「嫌なことを思い出させてしまったな。君は必ず温かい家庭を作れる。君はこれから皆んなから愛情を受ける必要がある」
スミレさんの胸に抱き締められながら、俺は欲情は感じず安らぎを感じていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドラゴン討伐指令6日目。
今日は【無の日】で休日だ。
朝までダンジョンで過ごした後に一度帰宅して風呂に入りに行く予定だ。また昼からダンジョンに潜るけどね。
今日のスミレさんのとの会話はスミレさんの家の事だった。
「昨日はジョージ君の家庭の話だったから今日はウチの話をしようか」
ノースコート侯爵家か。お貴族様って、どんな感じなのかな?
「我がノースコート侯爵家はエクス帝国の西側に領地を持っている。領地は鉱山の採掘が盛んだ。また西の交通の要衝になっているため商業が潤っている。周囲の貴族の寄親にもなっているな」
ふ〜ん。お金には困って無さそうだし、権勢もありそうだ。何でスミレさんの父親は侵略戦争推進派なんだろう? 戦争しなくても良いじゃないか。
「鉱山の採掘は重労働でな。侵略戦争をしてロード王国の国民を奴隷にしたいんだ。今でも充分な産出量があるのにもっと儲けたいんだよ」
なるほど他国民を奴隷にするのか。侵略戦争ならそうなるか。
「まぁ父親についてはそんなもんだな。母親はおとなしい女性で父親の言いなりだ。あのようにはなりたいとは思わない」
スミレさんはあまりご両親に良い感情を持っていないのかな?
「兄はエクス城で文官をしている。まぁ侯爵家を継ぐまでだろうな。父親よりは野心家ではないが、消極的な侵略戦争賛成派だ」
スミレさんのお兄さんか。なんか想像では理知的な人のような気がする。
「妹はまぁ末っ子だから我儘に育っているな。あれでは未来の旦那が苦労しそうだな。今はエクス帝国高等学校に在学している」
スミレさんの妹さんか。やっぱり美人なのかな? 魔力の質はどうなんだろう?
「私はノースコート侯爵家の政略結婚に使われそうだったから騎士団に入って反発しているんだ。今は魔導団だけどな。まぁ同じ軍人だから変わらない」
スミレさんは自分の家のノースコート侯爵家に良い感情を持ってないのか。
そういえばスミレさんは民を守りたいって言ってたな。皆んなに幸せになって欲しいって。民を守る力が欲しいと。
民を守りたい人がわざわざ戦争するのはおかしい話だもんな。そりゃ侵略戦争推進派の考えとは相容れない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝の6時にオーガのモンスターハウスを殲滅してからダンジョンを出た。
朝日が眩しい。
スミレさんと別れて宿舎に帰って風呂を沸かして入る。
体毛は濃い方でなくとも5日間も経つと少しは髭が生える。剃刀で綺麗にした。これでスッキリした。
着替えをし、またダンジョンに戻る。
8時に修練のダンジョンに着くと既にスミレさんが待っている。
ヤル気に溢れているなぁ。これは負けていられないな。
スミレさんとのお揃いのブレスレットを触り、気合いを入れ直し、俺とスミレさんは再びダンジョンに入る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドラゴン討伐指令7〜23日。
この間は考えられるだけのオーガ討伐を行った。限界ギリギリのレベルアップができたと思う。これでドラゴン討伐に失敗するのなら、それは時間が足りなかっただけだろう。
毎日、スミレさんとは会話した。
好きなもの、嫌いなもの、楽しいかった思い出、悲しかった思い出、考え方や生き方、スミレさんのいろんな一面を知る事ができた。
スミレさんを知れば知るほど好きになっていく自分がいる。スミレさんへの想いは、もう抑える事ができない大きさまでに成長してしまった。
ドラゴン討伐に成功したら告白しよう。
砕け散ってしまっても良いじゃないか。
それも人生だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ドラゴン討伐指令24日目。
明日、修練のダンジョンの地下4階に行きドラゴン討伐をする事が決定した。
もし失敗しても数日後にもう一度挑戦するためである。今日一日、ゆっくり静養して鋭気を養う予定である。
ドラゴン討伐の前にスミレさんとデートをしたかったが、それは終わってからにする事にした。
告白もせずに死ねるか!
魔力循環と魔力ソナーの併用は既に息をするようにできている。魔力ソナーの有効範囲はもうわけが分からないくらい伸びている。
ギルドカードに示されるレベルは冒険者ギルドの魔道具を通さないと更新されない。最後にギルドカードの更新をしたのは伯爵陞爵の日だ。
あれからどれだけレベルが上がったのだろうか? 今のギルドカードにはレベル65の文字。
これもドラゴン討伐後の楽しみだな。
念の為、部屋を綺麗に片付ける。もし何かがあったら汚い部屋だと迷惑がかかるからな。
その後はゆっくり部屋で過ごして明日に備えた。
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