第21話 カイト皇太子の視察とマールの謝罪

 午後からカイト皇太子が視察に来るので、準備運動は早めに終わらせておく事にした。走っているのを見ていても面白くないよね。


 いつも通り1番重い金属鎧を装備して重りを入れたリュックサックを背負う。腰には大きめの重い剣だ。

 走りにくくてしょうがない。最近のスミレさんは自重を知らない。ドンドン過酷になっていく。両腕と両足に重りのリストもつけている。

 俺は身体能力向上と魔力ソナーを併用しながら走り出す。最近の俺のトレンドだ。この2つを併用すると奇襲にとても強くなると思う。攻撃も大事だけど守りが強いのはもっと大事だ。


 1時間走り終わると魔力ソナーにカイト皇太子の魔力を感じた。

 予定より少し早いかな。

 近くの騎士団第一隊の人にカイト皇太子がそろそろ来るのでゾロン騎士団長を呼んできた方が良いと進言した。慌てて修練場にやってきたゾロン騎士団長。ちょうどカイト皇太子の馬車が修練場の前に止まる。

 カイト皇太子とゾロン騎士団長が何か話している。俺は気にせずいつものように剣術の型の素振りをする。

 スミレさんが真剣に俺の型をチェックしてくれる。特に問題が無かったようだ。だいぶ型が固まってきたと思う。


 ここから騎士団第一隊と俺の合同修練が始まる。

 まずは一対一の模擬戦だ。ただし俺は連続して相手をするのがいつもの事だ。

 俺は修練のダンジョンでの大幅なレベルアップをした。スピードと反射神経が普通じゃない。例え技術では負けていても俺が負ける事はない。次々と騎士団第一隊の隊員を倒していく。

 このまま良い所が見せれるかなって思っていたら、俺の目の前にスミレさんが立っている。

 え、俺と模擬戦するの!? 最近はずっとやってなかったな。レベル的にスミレさんが相手なら負けそうだ。

 スミレさんの剣捌きは流麗だ。俺のような直線的ではない。まさに生きている剣筋。

 俺なりに健闘したが、やっぱり負けてしまった。

 まぁ俺は魔導師だからな。


 その後俺の特別訓練が開始された。

 相手は10人の騎士。俺は身体能力向上と攻撃魔法の併用で相手をする。

 この訓練は慣れたね。

 攻撃をもらわないように避けながらファイアアローを詠唱するだけだから。

 3回実施したが俺が圧勝した。


 その時拍手が聞こえてきた。カイト皇太子だ。


「素晴らしい。ジョージ。大口を叩く事はある。魔導師でありながら近接戦闘でも圧倒しているじゃないか。できればこの後に本職の魔導師の力を魔法射撃場で見せて欲しいな」


 カイト皇太子の横にはいつの間にかサイファ魔導団団長がいた。

 サイファ魔導団長の後ろに魔導団第一隊のマール・ボアラムもいる。


「私からも頼むよ。マールに格の違いを見せてあげて欲しいんだ」


 サイファ団長に頼まれたら否とは言えない。ぞろぞろと皆んなで魔法射撃場に移動する。

 さてどうするかな。やっぱり使い慣れているファイアアローを撃つか。今なら最低60本はしっかり制御できる感じがするな


 所定の位置に立ち30m先の的に集中していく。丁寧に詠唱を開始する。


【火の変化、千変万化たる身を矢にして穿うがて、ファイアアロー!】


 俺の周りに60本の火の矢が現れたと思ったら、火の矢は一瞬で的の中心に向かって行く。


【ドドドドドドドド!バキバキ!】


 あ、やり過ぎた……。

 的が破裂している。見学者は茫然としている。

射撃場の魔道具壊しちゃった。当然ながら魔道具から記録は出てこない。

 静寂を破ったのはカイト皇太子だ。


「ハハハハハ! この魔道具を壊す威力か。それも中級魔法の下位であるファイアアローでそれをやるか。良いものを見れた。今日は大儀であった。満足できたぞ」


 カイト皇太子は踵を返して魔法射撃場を出て行った。ゾロン騎士団長がカイト皇太子についていく。


 まぁこれでカイト皇太子の視察は終わりかな。サイファ団長はマールに何かを言っている。少しは役に立ったかな。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 宿舎の部屋でベッドに寝転びながら考える。

 今日の魔法射撃場で撃ったファイアアローの威力はヤバかったな。もう全力で魔法を撃ったらどうなるんだろ?

 ファイアアローじゃなくて違う魔法にしようかな。今の魔力量なら最上級魔法もしっかりと使えそうだ。元々俺はショボい魔力量だったから、攻撃魔法はほとんど勉強してきていない。学生時代はサボっていたしな。使えるはずが無いと思っていたから。今度サイファ団長に相談してみようか。


 うとうとしていたらノックの音がする。

 なんだ? 時間を見たらもうすぐ夕食の時間だ。誰かわからず扉を開けると、そこには土下座している人がいた。

 変なものを見てしまった。扉を閉めようとしたところで土下座の主が声を上げる。


「誠に申し訳ございませんでした。どうか許してください」


 土下座のまま顔を俺に上げた。俺はその顔を見て溜め息をついてしまった。


「別に俺は怒っていないよ。マールとはもう、パーティを組まなければ良いんだから」


「それじゃ困るんです! 許してくれるまでいくらでも土下座させていただきます!」


 土下座とは許しの強制行為だな。やっぱりマールって面倒だ。


「取り敢えず土下座は止めてくれるかな? そういう行為は嫌いなんだよ」


 マールは土下座を止めて立ち上がった。良くも悪くもとても真剣な目をしている。絶対めんどくさい事になるに違いない。


「ここの食堂で夕食でも食べないか? 話は聞いてやるよ」


 俺が1階の食堂に向かうとマールが付いてくる。ギャーギャー騒がないから良いか。

 肉メインのA定食を食べながらマールと会話を始めた。


「それで何しに来た?」


「だから貴方に許してもらうために来たのよ」


「あぁ、わかった。許す、許す。これで良いか?」


「そんなんじゃ困るのよ! サイファ団長から貴方から許しを得ないと謹慎処分が解除されないの!」


「お前、今、謹慎してないよな。ここの宿舎まで来ているじゃないか」


「貴方に許しを乞う行為については動いて良いと言われているの」


「そっか。それは良かったな。もう謹慎が解けるぞ。俺はマールを許したからな」


「それならまた私を修練のダンジョンに連れて行ってくれる?」


「それは断る。ダンジョンを甘く見ている人とはパーティを組みたくないからね」


「もうあんな事はしないわ……。貴方の指示通りに動くから……。ね、お願い」


 う〜ん。どうする? マールのせいでオーガと近接戦闘させられたしな。何かコイツ懲りてない感じもするんだよな。


「今日、お前がやった事は俺に対する殺人行為に匹敵するんだぞ。それをしっかり理解しているのか?」


「貴方は簡単にオーガを倒していたじゃない」


「冗談じゃない。オーガと近接戦闘なんてした事ないわ! ちょっとした不運があったならば2人とも死んでいたんだぞ!」


 自分の軽率な行動が自らの死に繋がる可能性に、やっと思いが至ったのかマールは顔を青褪める。そのまま俯いてしまった。


「何であんな事したんだ。オーガにファイアアローをぶちかますなんて。ピンポイントで動いているオーガの眼球に命中させないと倒す事なんてできないのに」


「第三隊にいた貴方ができるなら、第一隊のトップレベルの私にできないはずが無いと思って……」


「生死がかかっている場所に変なプライドを持ち込むな! 魔導団は軍人だ。ダンジョンも戦場も死は隣り合わせなんだよ。今日の修練のダンジョンで俺の指示に従うようにって言ったよな。戦場で上官に従わない軍人は害悪だ!」


 マールは顔を上げて俺を射抜くように見る。


「貴方が言っている事は理解できるわ。だけど私がエクス帝国魔導団第一隊のトップレベルである事は私に取って大事な矜持なの。これを捨て去ったら私で無くなる」


「そんなにその矜持が大切ならば、それに見合う実力を身に付けるんだな。そうしないと早死にするぞ」


 マールはまた俯いてしまった。そんなマールに俺なりの妥協点を提案する。


「今後、マールを修練のダンジョンに連れて行くかどうかはサイファ団長に一任する事にする。サイファ団長が許可を出せば連れていくよ。それは上官の命令になるからな」


俺は食べ終わった食器を片付け、マールを置いて部屋に戻った。

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