第20話 マール・ボアラム
魔導団第一隊修練部13日目。
今日から魔導団第一隊の人を修練のダンジョンまで連れて行く事になっている。朝の8時に修練のダンジョン前に着くと若い女性が待っていた。
なんか俺を睨んでいる。こちらから挨拶しちゃおう。
「魔導団第一隊修練部のジョージ・モンゴリです。今日、修練のダンジョンにお連れする方で間違いないですか?」
「魔導団第一隊のマール・ボアラム。あなた第三隊所属だったくせにエライ出世ね」
敵意全開の人だな。やりにくそう。こう言う時は事務的に行くのが良いか。
「今日はよろしくお願いします。ダンジョンの中では私の指示に従ってください」
「ふん! 何で同じ第一隊の指示に従う必要があるのよ!」
「遊びでダンジョンに行くわけではありません。軍人なのですから私情は押し殺してください。それでは出発します」
本当、面倒くせぇ。今日は淡々と行動しよう。
俺を先頭に修練のダンジョンに入った。
身体能力向上を使用して駆け足で進んでいく。
地下1階、地下2階とマールは大人しく付いてきている。これなら問題がないかな。
「あなた、随分簡単に剣でサクサク倒しているわね。魔導師らしくないわ」
「業務命令で近接戦闘を習っているんです」
「それにしてもまるでそこに魔物が現れてくるのが分かっているみたいな動きね」
「魔力ソナーを展開してますから」
「え、今、魔力循環で体内魔法の身体能力向上を使用しているでしょ! 何で体外魔法の魔力ソナーも使えるのよ!」
「練習したんです」
「ちょっと、ちゃんと教えなさいよ!」
「今はダンジョン内です。ダンジョン出て、昼食時なら良いですよ」
地下3階への階段を降りた。
通路の100m先にオーガが2体いる。オーガがこちらに気づき近づいてきた。
ファイアアローを撃とうとしたら呪文の詠唱が聞こえた。
【火の変化、千変万化たる身を矢にして
10本の炎の矢が俺を追い越してオーガに殺到する。オーガは走り出したため身体が上下に動いている。10本の炎の矢はオーガの額や頬、耳、肩に当たっていく。残念ながら眼球には一つも当たらなかった。
致命傷にならなかったオーガは立ち止まり
空気が震える。人間の根源に響く音だ。一瞬呆けてしまった。
気付くと2体のオーガは3m先にいる。もうオーガの攻撃の射程距離内だ。
慌てて剣を抜いて体勢を整える。
暴風を思わせるようなオーガの右フック。軽いバックステップで躱す。
もう一体のオーガは後ろで見学している。随分余裕をかましてやがる。
2体のオーガの牽制を忘れずに呪文を詠唱する。
【火の変化】
オーガの左キックが来た。屈んで躱す。
【千変万化たる身を矢にして
牽制のために上段から袈裟斬りを放つ。剣はオーガの筋肉で阻まれてしまった。
【ファイアアロー!】
俺の頭の上に4本の火の矢が現れる。
目にも止まらぬ速さでオーガの眼球に直撃する。崩れ落ちるオーガ2体。
オーガが魔石に変わるまで安心はできない。残心が大事とスミレさんから口が酸っぱくなるほど言われているからな。
オーガが魔石に変化したところで魔力ソナーを広げる。近くにオーガはいない。
後ろを見るとマールが座り込んでいた。腰でも抜けたか。さぁどうするかな。
「私の指示に従わない人と修練のダンジョン内では一緒に活動できません。この2人パーティは今、この時点で解散です。あとは勝手にしてください。私は帰ります」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
スタスタと来た道を引き返す俺。
座り込んでいるマールの横を抜けようとすると、マールは俺の足にしがみついた。
「止めてくれませんか? 腕を切り落としますよ」
青褪めた顔のマール。それでも俺の足を離さない。
「貴女は何がしたいのですか?」
「ちゃんと私をダンジョンの外まで連れていきなさい!」
「お断りします。信用できない人に背中を見せる馬鹿はいないですから。ここからなら地下2階に上がる階段は近いですよ。運が悪くなければオーガと会う事は無いんじゃないかな。地下2階まで上がれば出口まではゴブリンとコボルトだから何とかなるでしょ。迷わないと良いですね。地下2階は結構広いですから。それでは」
俺はマールの手を踏みつける。やっとマールの拘束から抜けられた。
さぁ走って帰るか。後ろでマールの叫び声が聞こえるが、無視した。
修練のダンジョンを出て、入り口脇の詰め所の騎士に経緯を伝えた。まだ1人修練のダンジョンに入っている事は伝えないとね。
あ、今日はいつも冒険者ギルドに頼んでいる魔石の運搬を中止しないとな。
俺は冒険者ギルドに寄ってから魔導団本部に戻った。
真っ直ぐ団長室のドアをノックする。返事があったため団長室に入る。部屋の中にはサイファ魔導団長とゾロン騎士団長がいた。
「報告がございます。あとからにしましょうか?」
「いや、もうゾロンとの打ち合わせは終わっているわ。午後のカイト皇太子の視察について最終確認をしていただけだから」
「おぉ! もう俺は騎士団本部に戻るからな。それじゃ午後はよろしくな」
そう言ってゾロン騎士団長は部屋を出て行った。
「報告はなんですか? まだ貴方は修練のダンジョンにいる時間じゃないかしら?」
俺は先程の経緯を説明する。
マールが勝手にオーガ2体にファイアアローを撃った事。
そのファイアアローは急所の眼球を全て外したこと。
そのオーガ2体は俺が倒したが近接戦闘を行う必要があった事。
信用できない人とダンジョン内で活動はできないため、マールは修練のダンジョンの地下3階に降りたところに置き去りにした事。
俺の報告を聞いてサイファ団長は溜め息をついた。
「マールは優秀な魔導師なんだけどプライドが高いのが問題ね。しっかりと言い聞かせていたんだけど……。死なれても困るから悪いんだけどジョージ君が迎えに行ってくれるかな?」
「え、嫌ですよ。信頼できない人とはパーティを組まないですから」
「だからパーティを組む必要はないわ。マールを魔導団本部まで連行して来て欲しいの」
そう言ってサイファ団長は魔導団特製手錠と縄を俺に渡す。
魔導団特製手錠をはめられると、魔力が激減するそうだ。魔法が使えなくなると言っても良い。
「今、マールの連行を可能とする命令書を作成するから待っててね」
サイファ団長は3分ほどで命令書を作成した。
「それではジョージ・モンゴリに命令します。魔導団第一隊所属のマール・ボアラムを拘束してここまで連行してきなさい!」
「了解致しました。迅速に処理いたします」
俺は敬礼して団長室をあとにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今日2度目の修練のダンジョンだ。詰所の騎士に確認を取ったところ、まだマールは出て来ていない。
どれマールを探してみるか。
修練のダンジョンの地下1階に降りる。魔力ソナーを広げていく。今は地下1階全てが有効範囲だ。
マールは地下1階にはいないな。
急いで地下2階に降りる。魔力ソナーにマールの魔力が引っかかった。
どうやら道に迷っているみたいだ。ゴブリンに囲まれているな。8体くらいいるや。取り敢えず急いで向かうか。
マールは身体を丸めて蹲っていた。ゴブリンがマールを囲んでタコ殴りにしている。マールは身体能力向上を使っているようだ。耐久力も上がるからね。そのかわり攻撃魔法を使う隙がないのか。
なるほど、魔導師は近接戦闘が苦手というのが良く分かる。体内魔法と体外魔法を瞬時に切り替えるか、併用できないとこうなっちゃうんだね。
俺は剣でゴブリンの首を刎ねていく。突然ゴブリンの攻撃が無くなって吃驚した顔をみせるマール。
俺は蹲っているマールの手首に魔導団特製手錠をはめた。手錠を後ろ手にしなかった俺の優しさは通じないだろうな。手錠の間の鎖に縄を結びつける。
呆然とするマールにサイファ団長から渡された命令書を見せる。
「それではこれよりサイファ団長の命令により、マール・ボアラムを連行します。申し開きがある場合にはサイファ団長にお願いいたします。連行中には口を開かないように」
これで静かに帰れるな。
修練のダンジョンから帝都までは人通りが全くない。しかし帝都に入るとマールは俯いて歩く。こりゃ晒しモンだね。悪い意味で注目を浴びている。
魔導団の団長室に着いた時には、マールは憔悴していた。
「命令通り、マール・ボアラムを連行してきました。後はよろしくお願いします」
俺は敬礼して任務終了の報告をする。
怖さを感じる笑顔を浮かべるサイファ団長。
「ジョージ・モンゴリ。任務ご苦労様でした。今日の午後はカイト皇太子の視察があるから、それまでは休憩してなさい。マールについてはしっかりと処罰をいたします。明日以降、修練のダンジョンに同行する魔導団の隊員に、再度言い聞かせる。今日の事は私の不徳の致すところだ。許して欲しい」
「了解致しました。団長のせいではありません。いろんな隊員がいますから。ただ事故が起きてからでは取り返しがつきません。再発防止をしっかりやっていただければ問題ありません」
「そう言ってもらえると助かるよ。マールの処罰については近日中に魔導団に周知する。これで馬鹿な事をやる奴はいなくなる」
フッと笑顔に変わるサイファ団長。
「ジョージ君と仕事言葉で話すと寂しいわ。気楽に話したいわね。再度言うけど、カイト皇太子の視察はお願いね」
「俺もサイファ団長とは気楽に話すのが好きですよ。カイト皇太子の件は了解です。任せておいてください。それでは失礼致します」
サイファ団長と俺の会話に驚いているマール。俺はマールを団長室に残して部屋をでる。
う〜ん。暇になってしまった。あ、午前中のスミレさんは体外魔法を練習しているはずだ。見学に行くか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スミレさんは修練場の魔法射撃場にいた。
真剣な顔で攻撃魔法を撃っているみたいだ。スミレさんの透き通る声で詠唱が始まった。
【火の変化、千変万化たる身を
スミレさんの右手に直径50㎝ほどの大きな火の球ができる。ファイアボールは一直線に的に撃ち出され、的の中心から少し外れたかな
スミレさんのファイアボールの記録が出た。
詠唱速度 C
魔法精度 C
魔法威力 12,380
詠唱速度と魔法精度は平均レベルだ。ただ魔法威力が半端ではない。やっぱりスミレさんのレベルが高いからだ。
こんなの当たったらオーガでも倒せるんじゃないか? 記録の結果を見て渋い表情のスミレさん。
「凄いファイアボールでしたね。攻撃魔法を使い始めたのは最近なのに、もうこんなファイアボールが撃てるなんて吃驚しました」
「ジョージ君か。魔法の制御がまだまだだ。それで魔力を込めるのを控えめにしている。もっと魔力制御がうまくならないとな。朝と晩にジョージ君お勧めの魔力ソナーの訓練をしているんだ。少しずつ有効範囲が広がっているぞ。まあ君のレベルまではなれないだろうけどな」
本気で魔力をこめたらもっとファイアボールが大きくなるのか!? それにしてもスミレさんは努力家だな。こういう人が日に日に成長して行くんだろう。
そういえば俺もファイアボールを撃ってみたらどうなるのかな? ちょっと怖いから止めておくか。
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