第12話 胸に辞表があれば何でも言える

特別任務25日目。

 今日は朝から皇帝陛下からのエクス城への召喚状を城の文官が持ってきていた。ご丁寧に馬車まで用意されている。

 召喚状は午前10時の指定だったため、ゆっくりと準備ができた。

 用意された馬車に乗るとすぐにエクス城に向けて走りだした。


 ボーっと外の風景を眺める。

 つい1ヶ月前は魔導団本部の大部屋から修練場のスミレさんを遠くから眺めていた。

 俺の中身は何も変わっていないのに周りの環境がドンドン変わっていく。川の急流に飲み込まれてしまったように翻弄されている自分がいる。この帝国の権威の象徴であるエクス城に向かっているのが信じられない。

 最高の権威である皇帝陛下の召喚だ。逃げ出したい気持ちが出るのもしょうがない。


 胸には辞表を入れてきている。東の新ダンジョンの地下4階の調査を命じられたら出す予定だ。

 エクス城の大きな城門を見て、あらためて溜め息をついた。


 城の文官に案内されたのはエクス城の会議室だった。

 そんなに広くはない。俺が1番早い到着だったようだ。中央に長方形のテーブルが置いてあり、1番奥が皇帝陛下の席かな。俺は1番手前の席に案内された。正面から皇帝陛下を見る席になっている。


 少し経ってからスミレさんが入室してきた。俺の隣の席だ。

 サイファ魔導団長と細身の年配の男性が入ってきた。目を見れば切れ者と理解できる人だった。

 ベルク宰相だ。

 サイファ魔導団長とベルク宰相は俺から見て左側に並んで座った。


 それから少し経って恰幅の良い50歳くらいの男性と偉丈夫の25歳くらいの男性が入室してきた。

 恰幅の良い男性がザラス皇帝陛下。偉丈夫はカイト皇太子だ。

 皇帝陛下は俺の真正面の席、カイト皇太子は俺から見て右側に座った。

 メイドがお茶を入れてくれる。皇帝陛下が声を上げる。


「なんだ、ゾロン団長は来てないのか?」


「陛下。ゾロンは急病で今日は欠席となります。どうぞよしなに」


「お、おう。そうか。それはしょうがない」


 皇帝陛下はサイファ団長の返答にいろいろな意味で納得したようだ。会合はベルク宰相が口火を切った。


「今日、集まってもらったのは帝都の東にできた新ダンジョンの今後の方向性を決めることです。皆様経緯は分かっているとは思いますが、齟齬そごが生じないように軽い説明を致します。東の新ダンジョンは一度に2人しか入れません。2人入った後に他の人が入ろうとすると入り口に結界が生じます。この結界は入った2人が出てくるまで消えません」


 お茶を一口飲んで説明を続けるベルク宰相。


「新ダンジョンの地下1階はコボルト。地下2階はゴブリンが出没します。地下1〜2階では何の旨味のないダンジョンとなります。地下3階からは通常は深層にしか出現しないオーガが出没しております。オーガを2人パーティで連続討伐するのは自殺行為ですが、そこにいるジョージ・モンゴリの類い稀な魔法によってオーガの連続討伐が可能となっております。また2人パーティのため、魔物討伐による身体能力と魔力が上がるダンジョン効果が通常の4人パーティより格段に効率が良くなっています。ここまではよろしいでしょうか?」


 ベルク宰相は皆の顔を見て、大丈夫と判断して先に進む。


「問題が生じたのは昨日のことです。地下4階に降りたところで、ジョージ・モンゴリが魔力ソナーを使用したところ、とても大きな魔力反応があったと申しております。ジョージ・モンゴリがいうにはオーガの魔力反応と比べると大人と子供みたいだと言う事です。ジョージ・モンゴリからは地下4階の調査中止の進言があったということです。ただし魔物の目視はしておりません。以上が概要です」


 スミレさんと俺は間違いないと頷いた。カイト皇太子が俺を一瞥し、口を開く。


「目視もしていない魔物に怯えてどうする。それでも栄えあるエクス帝国魔導団の一員か。そんな腰抜けはロード王国と戦争になったら1番に逃げ出すんだろう」


 少し、いや結構、いや相当、いや最大限にムカついた。既に辞表を出す事を躊躇していない俺の口は止まらなかった。


「俺が腰抜けなのは別に良いですよ。ただしカイト殿下には言葉に責任を負ってください。現在ロード王国と戦争になれば、カイト殿下がエクス軍総帥となる可能性が高いです。魔導団と騎士団はカイト殿下の指揮下に入ります。是非腰抜けの私にカイト殿下の勇敢な姿を見せて欲しいですね」


「どういう意味だ」


 ジロリと俺を睨みつけるカイト皇太子。

 不敬だろうが関係ないわな。辞める覚悟がある奴は強いのよ。


「簡単にいえば私に代わって、カイト殿下が地下4階の調査をしてください。貴方は腰抜けじゃないんですよね」


「お前は馬鹿か。指揮する奴が最前線に出てどうするんだ!」


「なるほど。カイト殿下自分にできない事を部下に命じる能無しでしたか。詭弁きべんろうして逃げる腰抜けでもあるんですね」


 激昂して立ち上がったカイト皇太子に皇帝陛下が声を挟む。


「やめよ。今の会話はカイトが全面的に悪い。精神論の話をしても意味がないだろ」


 荒々しく座り直すカイト皇太子。

 俺はどうやらこの皇太子とは馬が合わないのかもしれないな。早めにエクス帝国を出るかな。

 場の雰囲気を変える意図があるのか、ベルク宰相が俺に質問をする。


「ジョージさんに聞きたいのだが、地下4階で感じた魔力反応はそんなに凄いものだったのかな?」


「圧倒的な魔力反応でしたね。あの魔力の主にどうやったら人間が勝てるのでしょうか? ちょうどその前に地下3階でオーガのモンスターハウスに入ったんですけど、それと比べても雲泥の差ですね」


「オーガのモンスターハウス……。それは本当か」


 カイト皇太子が驚きの声を上げた。スミレさんがそれに答える。


「18体のオーガがいました。ジョージ・モンゴリの魔法で瞬殺しましたけど」


「そんなに強いのなら地下4階の調査も可能ではないのか?」


 カイト皇太子はなかなか諦めない人だな。本当に面倒だ。


「もう面倒な話は勘弁してください。俺がカイト殿下を地下4階までお連れしますよ。それで魔物を目視してきてください。私は階段の安全地帯で待っていますから」


 撫然ぶぜんとした表情のカイト皇太子。

 この場で地下4階の調査を望んでいるのはカイト皇太子だけ。ゾロン騎士団長がいないからとても不利になっている。

 もうそろそろ誰かがまとめる感じかな。満を持して皇帝陛下が口を開く。


「もういいんじゃないか。地下3階ですらジョージがいないと安定してオーガが倒せないんだ。そのジョージが地下4階は無理と言っている。ジョージに何かがあればエクス帝国の大損失だ。ジョージには地下3階でオーガを倒してもらって、魔導団や騎士団の実力の底上げをお願いしたらどうだ」


 納得してないが自分に状況が不利と理解したのだろう。カイト皇太子から反論は出なかった。

 皇帝陛下が俺を見る。


「どうだろう、ジョージ。魔導団と騎士団の隊員を東の新ダンジョンの3階に連れて行って、身体能力や魔力の増強を助けてもらえないか?」


 さてどうしよう。カイト皇太子はムカつく奴だが皇帝陛下は悪い人とは思えない。

 でもこの皇帝陛下、海千山千の感じもするんだよね。軽い条件をつけるのは良いかな。


「実は昨日、騎士団といざこざがありまして。騎士から拘束されそうになり3人ほど怪我を負わせました。そのりなしをサイファ魔導団長にしてもらったんです。その件で私は騎士団に少し悪い印象を持っていますし、納得してない騎士の人もいると思います。自分の事を嫌っている人と2人パーティでダンジョンに行くのは危ないです。連れて行く騎士団の方には選別をして欲しいと思います。ちょうどここにいるスミレさんが騎士団から魔導団に転籍するはずです。選別はサイファ魔導団長とスミレさんにお願いしたいと思います。それでよろしければ陛下のご依頼を受けさせていただきます」


 少し眉を顰めた皇帝陛下。

 ジロリとサイファ魔導団長を睨む。


「なるほど、ゾロンがこの会合に来ないはずだ。まぁ良い。ジョージに悪意を持っていない騎士なら連れて行ってもらえるからな。ジョージ、お願いするぞ!」


 まぁパワーレベリングも良いね。サイファ団長とスミレさんが選別してくれるなら安心だね。

 会合が終わったと思ったらベルク宰相が皆んなを止めた。


「もう一つ考えて欲しい事があります。それはジョージ・モンゴリの処遇についてです。ジョージさんはエルフを超える魔力制御です。そのおかげか体内魔法と体外魔法を併用する事ができます。これは身体能力向上をしながら攻撃魔法が使えるという事です。現在は近接戦闘もそつなくこなすようになっています。弱点の無い魔導師です。また類い稀な魔力制御により20本を超えるファイアアローをピンポイントで弱点を狙い撃ちにできます。近接戦闘、遠距離戦闘、多人数との戦闘と穴がありません。また他の追随を許さない魔力ソナーで斥候も得意でしょう」


 何かベタ褒めだ。改めて聞くと俺って凄いのかも。いやいや調子に乗ると痛い目をみるな。


「あとこれは確定ではありませんがエルフでは魔力制御が優れているものほど不老になると言われています。もしかしたらジョージさんはエルフ並みの寿命、所謂いわゆる不老になっている可能性があります。これだけの人材を魔導団第三隊所属というのではジョージさんに我が帝国を見限られる可能性があります」


 カイト皇太子が不機嫌な顔になった。


「何が言いたいんだ?」


 ベルク宰相は流れるように話す。


「私の提案としては、まずは魔導団での地位向上。魔導団第一隊に所属してもらって特別チームのリーダーになってもらいます。業務内容は魔導団と騎士団を東の新ダンジョンの地下3階に連れて行くことです。いつまでも第三隊ってわけにはいかないでしょう」


 お茶で喉を湿らせて話を続けるベルク宰相。


「もう一つは陞爵しょうしゃくです。ジョージさんは魔導団に入団した事により魔導爵になっております。今後もエクス帝国で力を発揮してもらう為にできれば伯爵、最低でも子爵にと思っています」


 カイト皇太子が怒りの声をあげる。


「ベルク宰相、お前は正気か! コイツはもともと平民だぞ! それを歴史あるエクス帝国の伯爵だと! 寝言は寝てから言え!」


 ベルク宰相も負けてはいない。


「もともと爵位とは功があったものに与えられるものです。古い家系に敬意は払いますが、ジョージさんの能力は伯爵になったとしても足りないくらいです。他の国への抑止力が抜群ですから。ロード王国なら伯爵、あるいは侯爵にするかもしれませんよ。ジョージさんがエクス帝国を見限ってからでは遅いんです。はっきり言いますが、貴方は皇太子としての自覚があるのですか? これだけ有能な人材の気分を害する事ばかり言っておられる。このままでは廃嫡の未来しか見えませんよ」


 止まらなくなりそうな気配を敏感に感じた皇帝陛下が口を挟む。


「2人共、少し抑えよ。それでジョージよ。この話はどう思う?」


 う〜ん。参ったな。

 ザラス皇帝陛下の治世なら陞爵しょうしゃくされても良いが、カイト皇太子の治世ならエクス帝国を出たいな。

 そんな事できるのかな? まぁダメなら本当にロード王国にでも行こうかな。


「まず魔導団第一隊に移るのは問題ありません。よろしくお願いします。陞爵しょうしゃくについてはザラス皇帝陛下の治世でしたら受けたいのですが、不敬ですがカイト殿下の治世では今のところ受けたくありません」


「ハハハハハハ! ジョージは素直な奴だな。良しわかった。このザラスの治世の間は伯爵になれ。その後の治世はその時の皇帝が決める事だ。ジョージはエクス帝国に忠誠を誓うわけでは無く、まずはこのザラスに忠誠を誓うって事だな。今日、一番の愉快な話だったわ」


 話の分かる皇帝陛下で良かった。結構、無茶苦茶言ってたな俺。良し、宿舎に戻ってから反省しよう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 エクス城からの帰りの馬車はサイファ魔導団長とスミレさんと俺の3人が乗り込んだ。

 まぁ行き先が魔導団本部だからな。馬車の中でサイファ団長が呆れた声を出す。


「ジョージ君には肝を冷やされたわ。カイト殿下にあんだけ敵意を出すなんて。吃驚したわよ」


「あぁ、これのおかげです」


そう言って胸から辞表を出して見せた。


「地下4階の調査を命じられたら辞表を提出する予定でしたから。そのままこの国も出ようと考えていたからヤケになっていたんでしょうね」


 横からスミレさんが俺の辞表を奪い取って破り捨てる。


「ジョージ君、何考えているんだ。私が騎士団から魔導団に転籍する理由を知ってるだろう。君がいなくなったら無意味になってしまう。地下4階の調査を命じられても、適当に誤魔化して地下3階でオーガを倒して実力を上げてれば良いだろ」


 何て悪どい考え。大人って怖い。


「今後上司になるものとしては聞き捨てならない内容だけど聞かなかった事にするわ。でも2人共、報告と連絡と相談はしっかりしてね」


 怖い笑みを浮かべるサイファ団長。即行でブンブンと首を縦に振る俺とスミレさん。


「今日付けでジョージ君は魔導団第一隊の特別チームのリーダー、スミレさんは魔導団第一隊の特別チームのリーダー補佐ね。役職の正式名称は後から考えるわ。それとスミレさんには出来る範囲でジョージ君の護衛もお願いしたいのよ。まだ近接戦闘には隙があるものね」


「「了解致しました」」


「2人共良い返事ね。今週は2人で東の新ダンジョンでオーガを倒してきてね。それまでにダンジョンに連れて行く人の選別をしとくわ。出来るだけオーガを多く倒しましょう。他の隊員を連れて行く事になるとスミレさんはあまりダンジョンに行けなくなるからね」


 俺とスミレさんは早速午後からオーガを倒しに東の新ダンジョンに向かった。

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