第6話 魔道界の大いなる一歩

特別任務7日目

 昨晩は魔力循環にハマってしまった。

 だいぶ無意識でできるようになった。体外魔法の魔力ソナーを切ると魔力循環を始めてしまう。魔力ソナーと魔力循環(身体能力向上)は魔力の消費がほとんど無いので気楽にできる。


 スミレさんはいつも通り東の新ダンジョンの入り口近くで待っていた。


「おはよう、ジョージ君。体内魔法の練習はしていたか?」


「おはようございます、スミレさん。魔力循環にハマってしまって昨日の休みはずっとやってましたよ。魔力ソナーとの切り替えもできるようになりました」


「!?、君は既に魔力循環ができるようになったのか? 練習する時間は昨日1日くらいしかなかっただろ! 魔力循環で身体能力向上はできるようになったのか? また簡単に魔力ソナーとの切り替えができるのか?」


 驚愕の顔から俺の肩を掴んで詰問するスミレさん。

 スミレさんとの初の触れ合いがこれなのか。ちょっと残念。


「身体能力向上しながら走ったら2〜3倍の速さになりました。あとは岩を殴ったら岩がひび割れましたね。魔力ソナーと魔力循環の切り替えはほとんどタイムラグが無くできています」


 呆然とするスミレさん。なんかブツブツ言い出した。


「確かに……サイファ………才能……それでも…」


 よく聞き取れなかったが、それでも確かに魔導団サイファ団長の名前が聞こえた。

 急にキリッとしたスミレさん。真剣な顔で俺を見る。

 そんなに見つめないで……。照れちゃう。


「今日からダンジョン調査終了後、修練場にて1時間ほど私が君に剣術を教える。分かったか」


 俺がスミレさんから剣術を教わるの? なんで? 魔導団第三隊には必要ないと思うんだけど……。


「えっと……」


「分かったかと言ったんだ! 返事は!」


「了解致しました! 頑張らせていただきます!」


 怖え……。反論できないや。こうしてスミレさんから剣術を教わるのが決定した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 東の新ダンジョンの地下2階の調査は順調に進んだ。

 知恵を使うといっても所詮はゴブリン。たまの魔法もショボいファイアボール。ゴブリンの不意打ちは俺の索敵で防げる。身体能力向上を使用したスミレさんに細切れにされるゴブリン。無双状態だ。


 スミレさんには俺から【蹂躙じゅうりん姫】の称号を与えたいと思う。

 ベッドの上では俺がスミレさんを蹂躙じゅうりんしてやんよと妄想を膨らませて魔石を拾いまくる俺。魔石拾いが俺の仕事だ!


 夕方になり今日のダンジョン調査は終了。冒険者ギルドで魔石を納品して、修練場に向かう。

 修練場は魔導団本部と騎士団本部に隣接されている。その隣りには俺の住んでいる独身宿舎もある。俺とスミレさんが卒業した帝国高等学校もすぐ近くだ。


「ここの修練場なら独身宿舎に住んでいる君にハードトレーニングしても簡単に帰宅できるだろう」


 ニヤリと笑い模擬剣を俺に渡すスミレさん。模擬剣とはいえズッシリとした重さを感じる。


「まずは剣の持ち方と素振りだな。剣術はしっかりとした型を覚える事が大切だ。素の体力増加も目指すから身体能力向上は使用しないように」


 インドアの俺に剣術の鍛錬は厳しいかと思ったが、ダンジョンでのレベルアップによって身体能力が上がっているようだ。体力的にはそれ程辛くない。


 素振りを続けていると型から外れる時がある。そうするとスミレさんから怒声が飛ぶ。剣の使い方に変な癖がつかないためには必要みたいだ。

 ただしスミレさんに怒声を浴びせられると変な趣味に目覚めそうな自分が確かにいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


特別任務8〜10日目

 この3日間は特に変わらない毎日だった。

 朝起きたら体内魔法の練習。魔力循環を1時間行う。最近では魔力循環しながら魔力ソナーを同時発動できないか試している。なかなか上手くいかない。

 宿舎の食堂で朝ごはんを食べ、冒険者ギルドの食堂で昼ご飯を2つ購入。

 東の新ダンジョンに行き、スミレさんと合流。

 夕方まで地下2階のダンジョン調査。

 索敵、魔石拾い、マッピング、お尻の凝視を繰り返す。

 冒険者ギルドで魔石を納品して修練場に到着。

 スミレさんの指導の元、剣術の型を繰り返す。

 宿舎に帰りお風呂に入り晩御飯を食べる。

 魔力循環を1時間やり、就寝。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


特別任務11日目

 明日は休みである。休みの前日って、もう休みみたいなもんだよね。

 今日の午前中で地下2階のマッピングが終わりそうだ。地下3階へと続く階段は既に発見している。ゴブリンを斬り倒してスミレさんがこちらを向く。


「よし、これで地下2階のマッピングは終わったな」


「はい! 地下2階、全て踏破しました。このまま地下3階に向かうのですか?」


「いや、明日は無の日で休みだ。中途半端になるから地下3階は週明けから調査しよう。今日の午後は修練場で付きっきりで剣術の訓練に充てるぞ」


 スミレさんが付きっきりって素敵な言葉。訓練じゃなければね。


「了解致しました。よろしくご指導お願い致します」


「では帰還するか」


 ダンジョンを出て、冒険者ギルドで魔石を納品する。魔石の換金でいつの間にか小金が溜まっていた。ギルドカードで確認すると45,000バルトちょいだ。

 ダンジョン調査をしていたのは半日が2回、丸1日が8回。1日当たり5,000バルトくらいか。この金だけで生活するには厳しいな。でも俺は臨時収入だから。

 特別任務が終わったら、思い切ってスミレさんを食事にでも誘おうかな。それなら自然な感じだよね。


 スミレさんと冒険者ギルドの食堂でお昼ご飯を食べて修練場に向かった。

 早速、いつものように剣術の型を素振りする。素振りが50回を過ぎてくると集中してくる。周りの音が聞こえなくなってくる。

身体の隅々まで神経が行き渡っているのを感じる。没我ぼつがといえば良いのか?


 素振りを続けていたら唐突にスミレさんから声をかけられる。


「しっかりと型が固まってきているな。この素振りはこれからも続けて欲しい。今日は少しだけ新しい事をしよう。今までの素振りを身体能力向上をかけながらやってみてくれ」


 魔力循環(身体能力向上)をしながら素振りか。俺は無言で頷き、魔力循環を実施する。

 気持ちを入れ替え上段から剣を振り下ろす。


【ビュン!】


 自分でも驚くほどの風切り音。

 俺は呆然としながらスミレさんを見てしまう。ニッコリと微笑むスミレさん。


「素晴らしい剣筋だった。スピード、バランス、力強さ、全て合格点だ。このまま身体能力向上をかけながらの型の素振りにも慣れていこう」


 こんなに真っ直ぐ称賛されるなんて……。

 今日は俺の人生最良の日だ。しっかりと訓練続けて良かった。


「ほら、呆けてないで続きをやる! 時間は有限だぞ!」


「はい! スミレさん!」


 この後、俺は一心不乱に素振りを続けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


特別任務12日目

 今日は休みだ。朝はゆっくり起きようかと思っていたがいつもと同じ時間に起きてしまった。まぁそんなもんだな。

 いつも通り魔力循環を始める。最近は魔力循環が乱れる事もない。集中力を高める。まだ足りない。もっと、もっとだ。魔力循環しながら外に向けて魔力を押し出して行く。なかなか上手くいかない。

 お腹が空いたため朝ごはんを宿舎の食堂で食べる。そしてまた挑戦。

 時間が経って、お腹が空いたため昼ご飯を食べる。そしてまたまた挑戦

 日が落ちて夕方になったため夕ご飯を食べる。懲りずに挑戦。

 まったく1日中魔力循環と魔力ソナーの同時使用を練習したな。それでも飽きずに挑戦。

 そして歴史の1ページが開かれた。


「あ、」


 今、一瞬上手くいった!?

 動悸がしてきた。焦るな。さっきの感覚を忘れる前にもう一度だ。

 失敗、また失敗、またまた失敗。落ち着け。一度できたんだ。もうできるはずだ。

 仕切り直しをして魔力循環を落ち着かせる。集中力を高める。


…………良し! できた!


 あ、気を抜くとすぐに乱れるな。

 次は継続だ。安定させないと。それにしても魔力循環と魔力ソナーを同時にやるのは2つの異なる事に集中しないといけないから辛いな。このまま続けていけば慣れてくるのかな?


 小さな一歩かもしれないが、これは魔導界には大いなる一歩のはずだ。

 論文にでもまとめるかな。それで有名になってモテモテなっちゃうかも。

 あ、浮気はいかん。俺には嫁(予定)がいた。

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