第7話 破壊の権化との遭遇

特別任務13日目。

 今日からダンジョン調査は地下3階だ。

 新たな魔物が出るんだろうな。少しの不安はあるなぁ

 スミレさんとダンジョン前で合流して地下3階を目指す。スミレさんはいつもと同じ雰囲気だ。緊張してないのかな? 豪胆な女性も素敵!


 斥候の俺が魔力ソナーを使いながら地下3階に降りる。

 地下3階の通路はレンガ造りは今までと変わらないが、幅と高さが今までの倍ほどの大きさだった。

 目算で幅が10m、高さが8mくらいか。

 魔力ソナーを広げていくと力強く大きな魔力反応があった。軽く身震いしてしまう。明らかにコボルトやゴブリンとは違う。


「スミレさん! 通路を進んで左に曲がった先に大きな魔力反応が1つあります!」


「分かった。注意して進んでみよう。最悪撤退を視野に入れてだな」


 魔力ソナーを使いながら慎重に通路を進んでいく。丁字路で魔力反応のある左側を覗き込む。通路の先には二足歩行の大きな魔物がいた。

 身長は2mを優に超えている。後ろ姿だが深い緑色の肌、背中の筋肉が盛り上がっている。圧倒的な存在感に俺は息を飲んだ。

 なんだこの魔物!? ヤバすぎる……。

 焦っている俺に目もくれず、静かに魔物に近づくスミレさん。【雪花】を両手に持ち、背後から魔物を上段からの袈裟斬りにした。

 まさに一刀両断。恐れ入りました。


 以前見た時のように、雪花の刃が白く光っている。そして【りんりんりん】と柔らかい音を奏でる。

 一刀両断にされた魔物を観察する。

 額に角が2つ。口には大きな牙が生えている。これってもしかして……。

 スミレさんが深刻な顔で言葉を絞り出す。


「間違いない。こいつはオーガだ。通常はダンジョンの深層域で出没する魔物なんだが……。これは一度引き返したほうが良いな。一度地下2階に戻ろう」


 やっぱりこれがオーガなんだ。破壊の権化と言われている魔物だ。小鬼のゴブリン、大鬼のオーガ。同じ鬼でも違い過ぎる。

 オーガの死体はダンジョンに吸収されていく。残ったのは大きな魔石だ。俺はオーガの魔石を拾い、スミレさんと安全地帯である地下3階と地下2階に繋がる階段に引き返した。


 階段に座るとスミレさんが徐ろに口を開く。


「まさか深層域に出没するオーガがこんな低層にいるなんてな」


「でもスミレさんはそのオーガを一刀両断にしたじゃないですか」


「先程のは背後からの不意打ちだったからな。真正面から戦闘になったとしても倒せるだろうが、簡単な相手ではない。連戦するには厳しい。【雪花】に魔力を込めるのも頻繁にはできない。しかもこれは一対一の場合だ。一度に複数を相手するのは自殺行為に等しいよ」


 弱気なスミレさんを初めて見た。いつも自信満々な人だからな。

 顎を触りながら思案するスミレさん。


「このままダンジョンの調査を中止するのは早いな。まだ地下2階までしか終わっていない。それでもオーガを相手にするのに2人パーティは厳し過ぎる」


 なんとかならないかな。俺の索敵でオーガの不意打ちは防げる。あとは戦闘が安定すれば良いのか。


「スミレさん。俺の索敵で慎重に進めば不意打ちは防げると思います。あとは俺のファイアアローでオーガの両眼を攻撃するのはどうでしょうか?」


「ファイアアローで目を攻撃? 確かに視力を失ったオーガを倒すなら、それ程苦にならないだろうが。それをするにはピンポイントのコントロールが必要だぞ。それを君は何度もできるのか?」


「たぶん大丈夫だと思います。魔力制御には自信がありますから。まずは試してみませんか?」


「そうだな。どちらにしてもこのまま調査中止は無い。試してみようか」


 早速、地下3階に降りて魔力ソナーを広げる。

 丁字路を曲がったところから100m先に大きな魔力反応が一つある。魔力の質からいってオーガだろう。

 慎重に丁字路を曲がる。オーガの大きな巨体が100m先に見える。できればもう少し近いほうが良いな。少しドキドキしてきた。

 オーガがこちらに気が付き咆哮を上げながら走ってきた。スミレさんが臨戦態勢に入った。

 俺は逸る気持ちを落ち着かせながら詠唱を開始した。


【火の変化、千変万化たる身を矢にして穿て、ファイアアロー!】


 中空に浮かぶ長さが20㎝ほどの4本の火の矢。念の為片目に2本ずつ用意した。

 火の矢は凄い速さでオーガの眼に向かう。オーガは走っているため発射してからも調整が必要だ。

 一瞬のうちに火の矢は寸分違わずオーガの両眼に突き刺さった。糸が切れたように崩れ落ちるオーガ。呆気ない結末だった。


「ハハハハ! ジョージ君、凄い魔力制御だな。ピンポイントで命中している。硬いオーガでも眼は柔らかい。これはファイアアローが脳まで到達している。これなら瞬殺だな」


 オーガの魔石を拾いながらスミレさんが呆れている。


「ジョージ君は今、何発くらいファイアアローを撃てる?」


「どうでしょうか? レベルが上がってから確かめていないです。まだまだ撃てそうですけど」


「そっか。それではあと3回ほどオーガと戦って、その後修練場の魔法射撃場でファイアアローが何発撃てるか確認してみよう」


 魔力ソナーを広げると通路の先にオーガの魔力反応が2つあった。


「この先にオーガが2体います。どうしますか?」


「ジョージ君のファイアアローがあれば楽勝だろう。当然討伐するぞ」


そこまで信用されると少し怖いが命令には逆らえない。

覚悟を決めて気合いを入れる。


「よし! 行くぞ! ジョージ君のファイアアローの精度ならオーガ1体にファイアアロー1発で充分だ。まぁまだ安全に討伐したいから1体に2発だな。しっかり眼を狙えよ」


「了解致しました。指示に従います」


 結局、2体のオーガも瞬殺した。両眼にファイアアローが突き刺されば脳にダメージいくもんね。案外、オーガ討伐は楽勝かな。


 その後、1体のオーガがいたので、片目だけにファイアアローを打ち込んだ。やっぱり瞬殺だった。

 ファイアアローって、もしかしてヤバい魔法なんじゃないか?


 ニコニコ顔のスミレさんが興奮しながら口を開く。


「これなら地下3階の調査が出来そうだ。ジョージ君だけでいけそうだけどな。私はジョージ君の護衛で頑張るか。それじゃ今日これから修練場の魔法射撃場でジョージ君の魔力量の実験だな」


 ダンジョンを出て冒険者ギルドに行く。今回は大きなオーガの魔石がある。1つ10,000バルトに換金された。5つあったので50,000バルト。1人当たり25,000バルトだ。大きな臨時収入を得る事になった。


「ジョージ君。レベルはいくつになった?」


「人のレベルを聞くのはマナー違反なんですよね」


「もう引っかからないか。まぁ大体のレベルは分かるから良いかな」


 やはり前回言っていた理由の特別任務の現場責任者だからレベルを聞いたというのは無理矢理な言い訳だったんだな。

 俺は自分のギルドカードに目を落とす。そこにはレベル10の文字が示されていた。


 修練場に行く前にスミレさんは修練場の隣りの魔導団本部と騎士団本部の受付に用事があると言ってきた。

 特別任務の途中経過の報告をするとのこと。今日の夕方に魔導団長と騎士団長との面会を申し出ていた。俺も出席しないとダメみたい。


 昼までまだ時間があるので、そのまま修練場の魔法射撃場に向かった。

 魔法射撃場では魔導団第一隊と第二隊の隊員が30m先の的に色んな攻撃魔法を放っている。1番奥が空いていたのでそこに歩いて行く。

 スミレさんが歩いて行くと周りがざわめく。騎士団第一隊はエリートだ。その最年少で容姿端麗なスミレさんは魔導団でも有名である。家柄も良いしね。

 そんな騒めきを全く気にせずスミレさんはスタスタ歩いていく。後を追う俺のほうが気恥ずかしい。魔導団第三隊は魔導団のお荷物部署と言われているし、俺は平民出だからね。

 1番奥まで行くのは針のむしろって感じ。俺は前を歩くスミレさんのお尻に全集中力を注いだ。天国だぁ。

 1番奥に着いたところでスミレさんから指示が出る。


「まずは1回の詠唱で何本のファイアアローが出せるのか試してみよう。できる限り多くの火の矢を出すこと。ただし、的の中心を外したらダメだぞ」


 俺は集中力をスミレさんのお尻から30mの的に変えた。


「それでは撃ちます!」


 制御できる確信がある本数は10本かな。

 いつも通り丁寧に詠唱する。


【火の変化、千変万化たる身を矢にして穿て、ファイアアロー!】


 右手から10本の火の矢が出現し、的の中心に向けて凄い速さで飛んでいく。

 火の矢は全て的の中心に当たった。

 射撃場の魔道具に今のファイアアローの記録が出る。


詠唱速度 C

魔法精度 SS

魔法威力 8,950


 おぉ! 魔法精度がSSになっとる! Sが最高値じゃないんだ。

 魔法威力も上がってるな。スミレさんから驚嘆の声が上がる。


「魔法精度SSで威力が9,000弱か……。素晴らしいな。ファイアアローの制御は完璧だった。次は何本まで制御できるか試してみよう!」


どこまで制御できるのか? 自分でも試してみたいな。少しずつ伸ばすより一気に増やして、ダメなら減らす方が良いかな。よし、20本に挑戦だ!


「了解しました。次は20本に挑戦してみます」


 もうノリノリになってきた。早速、詠唱を開始する。


【火の変化、千変万化たる身を矢にして穿て、ファイアアロー!】


 20本の火の矢が的に向かって発射された。

 20本でも全て的の中心に当たった。まだしっかり制御できている。

 調子をこいた俺は次に30本に挑戦する事にした。


 結果からいうと2本ばかりが制御が少し甘くなって、的の中心を外してしまった。調子に乗り過ぎたか。

 まぁ実験だから気にしない。気にしたら負けだ。よし頑張ろう!


「30本は失敗しちゃいましたね。次は25本でいってみます」


「魔力は大丈夫か? 魔法射撃場だけでも60本のファイアアローを放っているぞ」


「ファイアアローは中級魔法の下位ランクですから余裕がありますね。まだまだ撃てそうです」


「そうか、なら次は25本でいってみようか」


 笑顔を見せてくれるスミレさん。その笑顔のためならばなんでもしてあげたくなる。俺は気合いを入れて集中力を増して行く。集中力が最大限に高まったところで詠唱を開始する。


【火の変化、】

 右手に火の塊が出現する。


【千変万化たる身を矢にして穿て、】

 火の塊が25本の火の矢に変化し、的に照準を合わせる。


【ファイアアロー!】

 25本の火の矢は、凄い速さで一直線に的の中心に向かう。


 完璧な魔法制御だ。25本の火の矢は全て寸分変わらず的の中心を射抜いた。


「やりましたよ! スミレさん!」


 たぶんドヤ顔になっている俺を気にせず、スミレさんは射撃場の魔道具の結果を確認していた。

 俺も横から覗き込んだ。


詠唱速度 C

魔法精度 SSS

魔法威力 22,480


 すげぇ! 魔力精度がトリプルSだよ! 魔法威力も火の矢が25本だから凄く高くなっているな。

 結果を見ているスミレさんの動きが止まっている。


「スミレさん? どうしました?」


「あ、いや、魔法精度がトリプルSなんて聞いた事が無かったからな。これだから動いているオーガの眼に、ファイアアローを撃ち込むなんて芸当が簡単にできるんだな」


 スミレさんに褒められて胸を張る俺。とても気持ちが良い。


「この後はどうします?」


「取り敢えずジョージ君の魔力量を知りたいからファイアアローを撃ち続けてくれ」


「了解致しました。それでは実行します」


 俺は制御できる25本のファイアアローを打ち続けた。集中力が落ちてきたのか総数が300本を超えた辺りで的の中心を外す矢が出てきた。


「ジョージ君、できれば的の中心に当たるファイアアローの総数が知りたい。制御できる本数に減らして続けてくれ」


 スミレさんの言葉を受けて、1回10本に変更しファイアアローを撃ち続けた。

 10本だと魔力制御も楽チンだ。全て的の中心に当たっていく。

 総数が800本を超えたところでスミレさんから中断の指示が入った。


「ジョージ君はまだまだファイアアローが撃てそうかい?」


「そうですね。余裕があります。まだまだ撃てると思います」


「分かった。今日の実験はここまでにしよう。充分過ぎる結果を得る事ができた。一度解散して、午後の3時に魔導団の団長室に来てくれ。特別任務の途中報告と今後の対応を話し合う予定だ」


 そう言ってスミレさんは騎士団本部に向かって行ってしまう。

 置き去りにされた俺は寂しく独身宿舎の食堂に昼食を食べに向かった。

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