第4話 ダンジョンでのお泊まり
冒険者ギルドで昼食を食べた後、スミレさんと別れ魔導団の自分のデスクに戻った。
デスクに積まれている書類を見て溜め息が出る。特別任務中とはいえ通常業務はいつも通りの量が乗っている。
上司のヨウダ隊長のデスクに行く。
「隊長、すいませんが現在特別任務中です。明日以降は通常業務ができないかと思います。他の方への仕事の割り振りをお願い致します」
ヨウダ隊長は不機嫌そうな顔をこちらに向けて口を曲げて喋り出す。
「そんな人員がどこにいるんだ? それを連れて来てから言ってくれ」
「団長命令の特別任務ですので、人員の増加はそちらに上げてください。それでは失礼いたします」
文句や嫌味を言われる前に自分のデスクに戻った。
黙々と書類を片付けていると隣りのデスクの同僚であるカフスがニヤニヤしてこちらを見ている。
「どうだった? 新ダンジョンの調査は?」
「まだ今日の午前中だけだから何とも言えないよ。地下1階はコボルトの巣だったけどな」
「そうじゃなくて相棒はどんなのだった? 筋肉ムキムキのオッサンあたりか? ご愁傷様」
「お生憎様。真逆のスラっとした美女と同伴だよ。騎士団第一隊のスミレ・ノースコートさんだ」
目を見開くカフス。
「なんで騎士団のアイドルがお前と特別任務なんだよ! それにスミレさんは騎士団第一隊所属だろ!」
「俺に言われても分からんよ。なんでもウチの団長が指名したみたいだけどな」
カフスは納得がいってないようでブツブツ文句を言いながら書類仕事をしている。
俺は溜め息をついた。
確かにスミレさんと特別任務をするのは嬉しい。しかしやっかみで周囲がうるさくなるのは困る。俺は静かに生活を送りたいタイプだ。
このデスクから修練場のスミレさんを見ているだけで幸せなのにな。所詮は高嶺の花だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
特別任務2日目。
冒険者ギルドの食堂で2人分の昼食を購入して東の新ダンジョンに向かった。
東の新ダンジョンの名前はまだついていない。
それにしても2人しか入れないダンジョンなんて役に立つのかな? まぁ俺が考える事じゃないか。
スミレさんは既にダンジョン前で待っていた。
「ジョージ君、おはよう! 頑張っていこう! 今日は最初にジョージ君の攻撃魔法を見せてもらおうかな」
うわっ! 俺のショボい魔法を見せるのか。ダンジョン探索が進めばいつかは見せる必要があるから、早いか遅いかくらいの差しかないけどね。
「了解致しました。それでは出発しましょうか」
ダンジョンを降りるとまずは80mくらいの直線通路だ。ちょうど30m先にコボルトが1体いた。
「それでは攻撃魔法を使います」
俺は丁寧に呪文を唱える。
【火の変化、千変万化たる身を
右手から直径5㎝ほどの火球がコボルトに向けて発射される。
火球はコボルトの胸に当たり体毛を焦がす。ショボい威力だ。
気恥ずかしくなり顔が赤くなったような気がする。
怒り出したコボルトが向かってきた。
スミレさんが俺の前に出てコボルトを一刀両断にした。【雪花】の刃がダンジョンの光を浴びて美しい。
スミレさんは振り返って俺に語りかける。
「ジョージ君はファイアアローは使えないのか?」
「使えますけどもっと威力が弱くなりますよ」
「君は魔術操作に優れているから魔法の速度とコントロールを生かしたほうが良いと思う。ファイアアローでコボルトの目を狙ってみようか」
速度とコントロールか。威力を考えないならできるかな。
「了解しました。次はファイアアローで目を狙ってみます」
早速、50m先にコボルトが2体現れた。
俺は集中して詠唱を開始する。
【火の変化、千変万化たる身を矢にして貫け、ファイアアロー!】
スピードとコントロールを意識して魔法を制御する。
4本の火の矢がコボルトの眼に向かって行く。
見事に命中。威力が弱いと言っても火の矢である。それなりに貫通力はある。火の矢はコボルトの脳味噌まで到達したみたいだ。
コボルトは糸が切れたようにその場に崩れ落ちて魔石に変わった。
俺がこれをやったのか!? 弱い魔物のコボルトとはいえ、俺の魔法で倒せるなんて。初の魔物討伐だ!
「やるじゃないかジョージ君。魔法のスピードはトップクラスだし、精密なコントロールだったよ」
「自分でもビックリしています。ただ魔力ソナーを使うなら問題ないんですが攻撃魔法を使うとすぐに魔力量が足りなくなりそうです」
「まぁレベル2だからな。だがそれもダンジョンで魔物を倒してレベルが上がれば問題なくなるさ。君の魔法は見せてもらった。それでは昨日と同じように地下1階のマッピングを進めるか」
その後はコボルトを倒しながらマッピングを進めた。
俺は黙々と魔力ソナーで索敵をし、黙々と魔石を拾い、黙々とマップを作成し、黙々とコボルトを斬り倒すスミレさんのお尻を眺めていた。
お昼近くになって、ダンジョンの東側に地下2階に降りる階段が見つかった。
「よし、ここでお昼ご飯にしようか。階段が安全地帯か確認もしないとな」
ダンジョンの摩訶不思議に階層が変わると魔物や環境がガラリと変わる時がある。
魔物は階層を移動する事がないため、階層をつなぐ階段は魔物の出現が無い安全地帯になる。それでも初期調査では本当に階段が安全か確かめる必要がある。
冒険者ギルドで買ってきたお昼ご飯を2人で食べる。小粋な会話をしようと思えば思うほど頭は回らない。
女性と2人っきりで静かなダンジョン内での食事は俺には高難度ミッションだ。
結局、無言のまま食事をしてしまった。
午後は地下1階に戻り、まだ埋まっていない場所のマッピングを進める。
戦いながら作業をしているからと言っても結構広いダンジョンだな。明日も地下1階のマッピングになりそう。
デスクワーク主体の俺には体力的にキツくなりそうだ。そう思いながら作業を続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
特別任務3日目
今日はお昼ご飯と晩御飯を用意している。その他にマントも用意した。ダンジョン内でお泊りの用意である。
階段が安全地帯かどうか確かめるために地下1階と地下2階を繋ぐ階段で夜を過ごす予定だ。
まあ寝たりはしないので徹夜だな。
夕方には地下1階のマッピングが終了した。東側の階段で夕ご飯を食べると暇になった。
俺は魔力を周囲に伸ばしていく。
広く、広く。薄く、薄く。
地下2階にもコボルトとは違った魔力反応があるな。地下2階にはどんな魔物が出るのかな。
それにしてもダンジョン探索の影響なんだろうか? 以前より範囲が広くなっている。
階段の側には魔物の魔力は無い。今のところ安全地帯のようだ。
相変わらずスミレさんの魔力は
スミレさんがジッと俺を見ている。俺を惹きつける魅力的な唇が開く。
「ジョージ君は何かやりたい事はないのかい? 将来はどうなりたいんだ?」
将来? 将来はスミレさんと結婚して幸せな家庭を築きたい。まぁ無理だけどな。
「今の魔導団の仕事に満足していますから特にやりたい事はないですね。将来は愛する人と温かい家庭を作りたいかな」
「今の仕事に不満が無いのは良い事だが、やりたい事が無いのはどうなのかな? 上昇志向が無いのか?」
「特に出世欲も無いですから」
「私が言っているのは地位だけの話じゃない。自分を磨く意欲は無いのか?」
「才能がありませんから」
「ジョージ君はあれだけ精微な魔力操作ができるじゃないか。素晴らしい才能に自ら蓋をしているように感じるな。まぁ愛する人と温かい家庭を作りたいというのは良いな」
素晴らしい才能か……。そんな事言われたの初めてだ。少し嬉しいな。実感は無いけどね。
俺は場の雰囲気のせいか迂闊にも口を滑らした。
「スミレさん、例えば愛する人が身分違いだったらどうしますか?」
「なんだ、藪から棒だな。私に恋愛相談とは。身分違いか。一応例え話だからジョージ君の立場で意見を言おうか。私がジョージ君と同じ魔導爵だとして、それでも身分が不足しているならば何としても手の届く身分になってやるかな」
「現実的には難しくないですか?」
「君と私の考えの相違だな。私は簡単か難しいかで行動を選択しない。分かりやすくいえば、できる、できないじゃない、やるかやらないかだけだ。やらない理由を探してはいけないよ。難しいからできない、だからやらないじゃ人は成長しない」
うーん。言いたい事はわかるけど理想論だよなぁ。
スミレさんはなおも話を続ける。
「まずはやると決める。しかし難しい。どうしたらそれをクリアできるか工夫して努力する。その工夫と努力が成長だ。そして難しい事もできるようになるんじゃないかな。私はそのような男性だったら尊敬ができるし、愛情も生まれるかもしれない」
俺がスミレさんから尊敬されて愛される!? たまらんなぁ。
俺の座右の銘は欲望は成長の糧であるだ。せっかくだから考えてみるか。
スミレさんは侯爵家の人だ。結婚するためには伯爵相当にならないといけない。
俺は準貴族の魔導爵。伯爵になるためには男爵、子爵、伯爵と三段階上げないとダメだ。
地位を上げるためには戦争で活躍するのが手っ取り早い。しかし今は戦争をしてないなぁ。
戦争で活躍する為には強くなる必要がある。そのためにはレベルを上げないと。
レベルを上げるためにはダンジョン探索が最適だ。
あれ? 今の特別任務って案外スミレさんとの結婚に直結しているのでは?
そんなわけないわな。
欲望は成長の糧であると言っても目標達成が遠すぎるわ。遠くの美人より近くの普通の人を座右の銘に変えるかな。
ダンジョン内の夜は静かにふけていった。
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