第3話 初めての会話記念日

 特別任務初日。

 憂鬱だ。

 俺の魔導の腕は最底辺。攻撃力が低い。簡単に言えばヘタレだ。

 あぁー! ダンジョン行きたくねぇ!


 それでも重い足を無理矢理東のダンジョンに向ける。

 ダンジョンなんて入った事無いよ。魔物なんて倒した事ないしな。

 心は土砂降り。空は快晴。アンバランスな気持ちで歩いていく。


 どうせ特別任務を受けている騎士団員はゾロン騎士団長のようなマッチョなおとこなんだろうな。何が楽しくてそんな奴とダンジョンに潜らないといけないんだろう。

 だいたい休み明けの勤務はもともと気持ちが上がらない。

 あぁー! やっぱり帰ろうかな!


 でもそれはダメだ。せっかく給料の良いエクス帝国魔導団に入団できたんだからな。安定志向の俺には最高の職場だ。無職になるのはリスクしかない。

 しょうがない、諦めて頑張るか。


 トボトボ歩いていると東の新ダンジョンの入り口に見慣れた人影が……。

 銀色の髪、風に揺れるポニーテール、透き通ったような白い肌と引き締まった身体。

 俺の嫁(予定)がたたずんでいた。


 何故!? スミレさんはエクス帝国騎士団第一隊所属。騎士団は第一隊から第三隊まである。

 第一隊は他の国との戦争で活躍する。

 第二隊は国内の治安維持。

 第三隊はその他の職務。

 そして魔導団も同じ区分けになっている。


 今回は新ダンジョンの調査だから第二隊か第三隊の任務のはず。なんで第一隊のスミレさんがいるの?

 もしかしてこれが運命というヤツなのか!?

 驚愕に立ちすくんでいるとスミレさんが俺に気が付いて近づいてきた。


 白のシャツに淡い色のホットパンツ、革の胸部装備と膝まで革のブーツ姿。随分と軽装だ。左腰に白い鞘の刀を差しているのが見える。

 スミレさんは軽く微笑み口を開く。


「初めまして。騎士団第一隊のスミレ・ノースコートだ。君は特別任務を受けた魔導団の方で間違いないかな?」


「魔導団第三隊のジョージ・モンゴリです。よろしくお願いします」


 は、初めてスミレさんと会話した!

 今日は記念日だ! これは日記に書かなければ! まぁ俺に日記を書く習慣はないが……。


「今回の特別任務では私が指揮を取るように言われているが、ジョージ君はそれで問題ないかな?」


「はい! スミレさんが先輩ですから、それでお願いします!」


 そうなのだ。帝国高等学校ではスミレさんは一年先輩。現在21歳。姉さん女房は最高のはず。


「ジョージ君に索敵は任せるから魔物の討伐は私に任せてくれ。魔石は悪いがジョージ君が持ってもらう。できればマッピングも頼みたい」


「了解致しました。索敵と魔石運搬とマッピングですね。俺の攻撃魔法は使わなくて良いのですか?」


「実家に伝わる【雪花】という銘の刀を持ってきたから魔物は問題なく倒せると思う。まぁ調査だから気楽にいこう」


 そう言うとスミレさんはにこやかに笑った。

 これは楽しい特別任務になりそうな予感がしてきた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 東の新ダンジョンの入り口の脇には掘立小屋ができていた。騎士団から人が派遣されているようだ。許可の無い人が入れないようにしている。

 スミレさんは所属と名前を言ってダンジョンに入る許可を取った。


 東の新ダンジョンの入り口は下りの階段になっている。そして壁が仄かに光っていた。この光はダンジョンのエネルギーが発光しているそうだ。

 それにしても本当にこのダンジョンは2人しか入れないのかなぁ? 今は2人しかいないから分からないな。


 索敵として俺が先に階段を降りていく。

 階段を3mほど降りるとレンガ作りの通路に出た。通路は幅が5m、高さが4mほどか。通路は真っ直ぐ続いている。

 自分の魔力を広げていく。魔力ソナーに魔力反応があった。


「50m先の通路に3体の魔力反応があります」


 俺が言うやいなやスミレさんは前方に走り出していた。

 早い! 間違いなく体内魔法を使っている。俺は慌てて追いかける。

 追い付く前にスミレさんは3体の魔物を刀のさびにしていた。


 基本的に騎士団は体内魔法に、魔導団は体外魔法に秀でている。

 体内魔法は身体能力の著しい向上効果がある。力とスピードの強化、肉体の硬化の作用がある。

 体外魔法は俺の得意の魔力ソナーや攻撃魔法等がある。


 スミレさんに斬られた3体の魔物はコボルトだったようだ。体長が120㎝くらいで顔が犬に似ている。

 死体はダンジョンの床に吸収されていき、小さな魔石に変わった。俺は3個の魔石を拾い、背中のリュックに入れる。


「さっきの魔力反応がコボルトなんですね。もう覚えました。それにしてもスミレさん、俺を置いてかないでくださいね」


「あぁ、すまん。今日は2人パーティだったな。いつものダンジョンは4人パーティで行くから私は突攻する役割りなんだよ。今日はジョージ君を守らないとな。次回から注意する」


 進行方向を見ると丁字路になっていた。俺は慎重に魔力ソナーを広げていく。


「丁字路の右側30m先にコボルト4体、左側60m先にコボルト2体です」


「コボルトならどちらを先に倒しても問題ないな。右から行くか」


 軽い口調でスミレさんは丁字路に進んで行く。こりゃ結構体力が必要な調査かもな。デスクワークが俺の仕事なのに。

 俺は溜め息をついてスミレさんの後を追いかけた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ダンジョンの地下1階は通常のコボルトが90%、色の黒いコボルトリーダーが10%の割り合いで出現していた。魔力ソナーの反応はコボルトリーダーは通常のコボルトと比べて、魔力の匂いは同じで少し大きな反応で区別できる。


 コボルトリーダーは大きさが150㎝程度で普通のコボルトを指揮するところがあるが、それでも所詮はコボルト。だいたい多くても6体編成くらいのため、スミレさんに瞬殺されていた。


 俺はスミレさんの揺れる胸としなやかな脚に気を取られてしまう。これは俺のせいじゃない。スミレさんが悪いのである。猫ジャラシに気を取られる猫と一緒なのだ。


 今回はダンジョン調査が任務のため、しっかりとマッピングしていかないとダメだ。

 ダンジョンの南側に50m四方の壁が見つかった。北側の真ん中辺りに扉がついている。

 俺は扉の前で集中し、魔力を扉の向こう側に伸ばしていく。扉の先には5体のコボルトリーダー、20体のコボルトの魔力反応があった。


「スミレさん、どうします? モンスターハウスみたいです」


 ダンジョンには多くの魔物が出現する箇所が存在する。それがモンスターハウスと言われている。


「問題ないな。扉を開けて私が斬り込む。ジョージは私が入ったら扉を閉めて此処で待ってれば良い」


「了解です。一応、気をつけてくださいね」


「コボルト程度には遅れは取らない。任せておけ」


 颯爽と扉を開けて飛び込むスミレさん。俺は扉を閉めてモンスターハウスに魔力ソナーを広げる。

 ドンドン魔力反応が消えていくコボルト。俺の嫁(予定)は逞しい事この上ない。


 俺は魔力反応が無くなってから扉を開けてモンスターハウスに入った。


【りんりんりん】と柔らかい音がする。


 スミレさんの右手の雪花の刃が白く光っている。柔らかい音の正体は雪花のようだ。

 俺は息を飲んだ。

 綺麗だ……。

 スミレさんはこちらを振り返ると笑みを浮かべながら声を上げる。


「早く魔石を集めるぞ」


 俺は夢から覚めたように慌てて魔石を集め始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 新ダンジョンの調査1日目は様子見のため午前中で終了となった。魔石の買い取りは冒険者ギルドでしかやっていないためそちらに向かう。


「ジョージ君は冒険者ギルドに登録はしているのか?」


「いやしていないです。今まで必要なかったですから」


「じゃ今日登録すれば良いな」


「え、俺は良いですよ」


 どうせ俺は魔導団第三隊。魔法の研究と書類処理ばかりだからな。


「何を言っているんだ。今日の魔石は2人で山分けだ。お金が入るし、ギルドポイントも付くから特別任務を続けていたらギルドランクも上がるぞ」


「魔石換金のお金は個人で貰えるんですか? 任務だったので騎士団と魔導団に渡すのかと思ってました」


「任務中の魔石取得は個人の物として認められているんだよ。そうしないと手を抜く奴も出るからな」


 なるほど。そんな事になっているんだ。仕事で魔石を手に入れるなんて魔導団第三隊にはないから知らなかった。それなら冒険者ギルドに登録してみるか。


「了解しました。スミレさんの助言に従って冒険者登録してみます。ちなみにスミレさんのギルドランクは?」


「私か、私は学生の頃から色々なダンジョンで修行してたからCランクかな。Bランクに上げるためにはCランクに上がってから15年以上、又は何かしらの偉業を達成しないと上がらないからなぁ」


 Cランクに上がってから15年以上だったらBランク上がるまで30歳超えちゃうなぁ。後は偉業かぁ。


「偉業ってどういうものなんですか?」


「お、ジョージ君も興味が出てきたかな。偉業は特に決まっていないんだよ。冒険者ギルドが認めたらって感じだな」


「案外適当ですね」


「まぁランクはあまり気にしなくて良いかな。Bランクで騎士爵、魔導爵相当、Aランクで男爵相当になる。君は魔術団だから魔導爵だろ。既にBランク相当の身分だからAランクにならないと意味ないな」


 そうなのだ。俺は平民だったからエクス帝国魔導団に在籍した事による一代限りの魔導爵をもらってた。一応準貴族ではある。

 スミレさんは侯爵家のお家柄。はっきりいえば身分違いだ。

 俺の嫁(予定)は所詮予定。予定は未定で、未定は絶望になっている。

 妄想だけでもスミレさんを嫁にするしかない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 帝都の冒険者ギルドが見えてきた。レンガ作りの2階建ての建物だ。訓練場が併設されているため結構敷地が広い。


 冒険者ギルドは各国にもある世界規模の組織である。ダンジョンから得られる魔石や宝等の買い取りを行う。

 魔石はエネルギーになるためそれを納品する冒険者を管理している。魔石の納品には冒険者ギルド登録が必要だ。


 早速俺は冒険者登録の手続きをした。

 最初はGランクスタートだ。そのまま納品カウンターで今日得た魔石を納品する。


 通常はダンジョンは4人編成が基本だ。東の新ダンジョンは2人でしか入れないため魔石の実入りは倍になる。おかげでもう少しでFランクにあがるところになった。


 エクス帝国では新ダンジョンが見つかると国で調査が入る。問題が無いと分かると一般の人に開放される。今回の特別任務はこの初期調査にあたる。

 一般の人が開放されたダンジョンに入るためにはダンジョンによって必要なギルドランクが設定されている。そのためダンジョン探索を生業にしている人にはギルドランクが大切になってくる。

 俺が冒険者ギルド登録無しに東の新ダンジョンに入れたのは初期調査だからである。


 俺の冒険者ギルド登録と魔石の納品が終わったため冒険者ギルドの中にある食堂でスミレさんと昼食を取る事になった。


「ジョージくん、レベルはいくつだった?」


 スミレさんは席に座るなりすぐに聞いてきた。

 冒険者ギルドに登録する時に魔道具からギルドカードが作成される。そこに自分のステータスが表示されるようになる。またカードには魔石を換金した時のお金をチャージする事もできる。


「レベルですか、恥ずかしながら2ですね」


「そのレベルだと通常のダンジョン探索はおろか戦争でも戦力にならないな。今回の特別任務でもう少し上がると良いな」


「ちなみにスミレさんのレベルはいくつなんですか?」


「人のレベルを聞くなんて女性に年齢を聞くくらいのマナー違反だぞ」


「え、スミレさん、俺にレベル聞きましたよね?」


「私は今回の特別任務の現場責任者だから良いんだよ」


 そう言ってスミレさんはパンを食べ始めた。

 なんか納得できないがしょうがない。食事をするスミレさんはとても優雅な雰囲気を出している。

 眼福、眼福。

 そういえばなんで騎士団第一隊のスミレさんが今回の特別任務なんだ?


「スミレさんって騎士団第一隊所属ですよね? どうして今回の新ダンジョンの調査の任務をやる事になったんですか?」


「通常は第二隊か第三隊だな。今回は魔導団のサイファ団長からの指名を受けてだ。まぁ現在他国と戦争してないから訓練ばっかだ。ダンジョン調査も良い気晴らしになる。ジョージ君。今日は初日だから午前中だけだったが、明日からは昼食を持って1日潜るようにするからな。昼食は冒険者ギルドで弁当を買っていこう」


俺の特別任務はまだまだ続きそうだ。

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