特別任務編

第2話 日常の壊れる音が聞こえた

 現在、俺をはたから見たら呆けているように見えるんだろうが集中力は最大限に発揮されている。

 魔力を周囲に伸ばしていく。広く、広く。薄く、薄く。

 かれこれ4年以上やっていることだ。


 …………キタ!!


 お目当ての人が俺の魔力ソナー内に入った。

 静謐せいひつで清らかな魔力。

 魔力の主はエクス帝国騎士団第一隊所属のスミレ・ノースコート。俺はこの魔力を感じるだけで幸せだ。


 スミレさんは今、準備運動を始めたはず。3階の窓から外の修練場を眺める。

 俺の心臓が激しく動き出す。


 スミレさんの銀髪が明るく光っている。

 髪型は訓練の邪魔になるためにいつもポニーテールだ。

 強い意志を感じさせる翠色の瞳。綺麗な鼻筋。情感溢れる唇。

 透き通ったような白い肌。引き締まった身体。それでいて女性の柔らかさを感じさせる。

 スミレさんは剣を振り始める。流れるような動き。見惚れてしまう。

 正に俺の女神。いや俺の心の嫁。


「ジョージ! サボってんのか!」


 怒声をかけられて吃驚びっくりして振り返ると、俺の上司であるヨウダ隊長が睨んでいた。

 俺の至福の時間を邪魔しやがってと思いながらも慌てて書類仕事を始める。そんな俺にヨウダ隊長が言葉を続ける。


「サイファ団長がお前を呼んでいる。すぐに団長室に行け!」


 サイファ団長が俺を呼んでる!? エクス帝国魔導団長がペーペーの俺を?

 心当たりが全くないぞ。

 何となく感じる恐怖から固まってしまった。ヨウダ隊長からまた怒声を浴びる。


「早く行け! 返事は!」


「りょ、了解しました!」


 慌てて大部屋の隣りにある魔導団の団長室に向かう。

 厚い扉が俺の不安を高める。深呼吸を一つして扉をノックした。応答の声が聞こえたため中に入る。


「エクス帝国魔導団第三隊のジョージ・モンゴリです」


 余計な事は何も言わないのが俺の処世術。

 部屋にはサイファ魔導団長とゾロン騎士団長の二人がソファに座っていた。エクス帝国軍人の二大巨頭である。

 俺は身体が震えてきた。学園を卒業し、魔導団団員になってから特に活躍をしていない俺にとっては二人とも天上人だ。


 魔導団長のサイファ・ミラゾールはエルフの女性である。

 緑色の長い髪にエルフ特有の尖った耳。またエルフのため当然ながら美人でもある。

 25歳前後に見えるが、エルフの歳は外見があてにならない。実年齢はエクス帝国のトップシークレットだ。


 その隣りに座っている騎士団長のゾロン・カタノートは36歳の男性だ。

 190㎝を超える巨漢で筋骨隆々。威圧感が半端ない。


 サイファ団長が柔和な笑みを俺に向ける。


「ジョージ・モンゴリ、特別任務を与える。詳しくはゾロンから聞いてほしい」


 特別任務? 俺は無言でゾロン騎士団長に向き直った。


「ジョージくん、騎士団長のゾロン・カタノートだ。よろしく。先月実施された君の魔導成績を見せてもらったよ。特別任務は君が適任と判断した。是非お願いしたい」


 俺の魔導成績? それはおかしい。俺の成績は平均以下というより最底辺のはず。

 疑問に思ったがそれはおくびにも出さず無言を貫く。これが俺の処世術。


「君は魔力ソナーの成績が断トツで飛び抜けているね。驚くべきことに有効範囲が300mを超えている。平均で30m、優れている魔導師でも50mだぞ。規格外の繊細な魔力制御の持ち主だ」


 確かに魔力ソナーだけは自信がある。

 4年以上、俺の心の嫁であるスミレさんを感じるために磨いてきた技術だからなぁ。

 欲望は成長の糧である。俺の座右の銘だ。


「帝都の東に新しくダンジョンが見つかった。帝国騎士団としては問題が無いか調査したいんだ。ただこのダンジョンは普通と違っていてね。一度に入れるのは2人だけなんだ。3人目が入ろうとすると透明な壁に弾かれてしまうんだよ」


 おぉ! ダンジョンの摩訶不思議だ。ダンジョンは【神の御業みわざ】と呼ばれており、不思議な現象が多々見られる。


 例としては、

 【魔物を倒すとエネルギーの魔石に変わる】

 【魔物を倒して行くと身体能力と魔力が上がる】

 【たまに宝箱なんかも出現する】

 【階層ごとにダンジョンの環境が様変わりする】

 などがある。


 またダンジョンの魔物から取れる魔石が魔道具のエネルギーだ。ダンジョンは国の発展には欠かせないものとなっている。


 まぁそれは良いか。でも2人しか入れない未知のダンジョンに、もしかして俺が調査いくの? 危険じゃないか。

 険しい俺の顔に気が付いたゾロン騎士団長が説明を続ける。


「東のダンジョンに入れるのは2人だけだ。1人は騎士団から腕利きを任務にあてる。君には索敵を担当してほしい。未知のダンジョンを調査するためには優秀な魔力ソナーが使える魔導師が必要だからな」


 ゾロン騎士団長の話に繋げるように、サイファ魔導団長が有無を言わせない口調で命令する。


「ジョージ・モンゴリ隊員に東の新ダンジョンの調査を命じる。休み明けの4月1日である明後日の朝8時に装備を整え新ダンジョン前に行け。同じく特別任務を受けた騎士団員の指揮下に入るように。以上だ。行ってよし!」


「了解致しました。明後日より特別任務を遂行致します。それでは失礼致します」


 俺は不満と不安を顔に出さず敬礼をして団長室を後にする。


 大部屋の自分のデスクに座り溜め息をつく。窓の外ではスミレさんが模擬戦をしている。いつも以上に華麗だ。

 しかしそれを見ても、どんよりとした俺の心は晴れなかった。

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