拾 二歳の隠匿
隠密
それは忍が忍たる所以。
気取られないことに全意識を集中する。
それを息をするようにこなせるようになって忍としては駆け出しのレベルである。
隠密の感覚を身に着けるための訓練にも色々幅はあるが、私の場合は訓練というより師夫の娯楽要素が強かった極限サバイバルがそれにあたる。
シンプルに、捕食者から逃げつつ捕食する。
余りに原始的で、コンプライアンスの都合で到底描写できないような泥臭い生活――いや、生存戦略と言ってもいいだろう。
しかしそんな原始的な訓練が現代人類の温い生活環境で閉じてしまった感覚を容赦なくこじ開けた。
生物としての野性味、感覚の尖り、風を読み、闇を視る。
私を狙う者を欺く。
私を闇に紛れさせる。
理屈も手法も感覚で覚えている。
後はそれを「魔力」とやらで転用するだけ。
数刻前にやったのと同じように丹田で気を練る。
胸の奥からじゅわっと何かが溢れるような感覚。
今度は先のように際限なく膨らますのではなく、染み出すように緩やかに。
染み出した傍から溶かしていく。
風景に溶けるように気配を薄めていく。
薄く透かした魔力を身体に行き渡らせる。
ちょうどそれが体表と空気の境界に滲んだとき、自分という存在が完全に空気に溶け込んでしまったかのような錯覚に見舞われた。
隠密、その安心感たるや……
若干の体力的な消耗を感じるが、行動に障るほどのものではない。
むしろ、魔力を全身に行き渡らせたことによって身体の感覚はいつになく冴えている感じがする。
前世的に言えば「ゾーン」に入ったかのような全能感と前回は感じたが、書物に拠るならば
これほどの身体強化がこうも容易にできてしまうとなると、この世界で忍の技を生かすにあたり、前世的な感覚から価値観の刷新が必要になりそうだ。
取り急ぎは、この程度の魔力運用は息をするくらい自然にできるようになっておきたいところだ。
このまま寝ながら……はまだ難しそうだな。
まぁコツコツこなしながら身に着けていくとしよう。
………
肝心の出来栄えについて。
翌朝目覚めてからは寝る前と同様に常に魔力を身体に巡らせている。
私が書庫で発現した魔力を察知したらしい探知網――恐らく防犯セキュリティの一環だろう――も、父や父の連れてきた魔法師の目も今のところは誤魔化せているらしい。
私の考える隠遁はこの世界でも生きるようだ。
実際に操り、知覚が強化されたことで理解は深まった。
魔力というよく分からないエネルギー、その一端は恐らく前世において第六感と呼ばれていた範囲を補完する何かだ。
今は視覚だけでは捉えられなかった気の巡りが分かる。
依然朧気ではあるが、色も形も様々。うっすらとだが、人の内を巡る魔力も視える。
そして父の中を巡るそれはとても重い。
見た目通りに認識するなら密度が段違いに濃く、その洗練された重厚さは目に見える範囲では卓越していると言って過言ではない。
貴族家当主である父よりも親としての父に慣れ親しんでいるからそのギャップには驚いた。
今この場にいる全員の中で間違いなく頭一つ抜けている。
さすが我が父。父に向ける目に思わず熱が籠る。
そんなこちらの内心を知ってか知らずか、父はいつものように優しく私の頭を撫でると、魔法師たちを引き連れてさっさと行ってしまった。
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