玖 二歳の娯楽
事の翌日、数人の魔法師を連れてきた父は私の魔力を鑑定しようとしたが、それは叶わなかった。
「お嬢様の周囲に人由来の魔力は感知できません。恐らく既に発散してしまったのでしょう」
鑑定に長けている風の老齢の魔法師は恐る恐るといった様子で父に告げ、父は特に深追いすることもなく溜息をついて納得した様子だった。
「……確かに屋敷の探知網からは既に反応が消えている。偶発的なものだったということだろう」
「旦那様、どうか気を落とされませんよう。偶然だとしても、二歳で魔力を発現するのは快挙です」
老齢の魔法師はしかし、落胆した様子の父にそう続ける。
「その才覚もさることながら、此度の一件で、恐らくお嬢様は魔力を知覚できるようになりました。必ずや腕の立つ魔法師となられることでしょう」
「そうか」
誉め囃す魔法師の言葉に、父は複雑な顔をした。
(この子には魔法師の責務を背負うことなどなく、ただ幸せになってほしいのだがな……)
そんな内心をこの場において本人以外に知る由もない。
一方の私はというと、父や周囲の苦悩、自らのしくじりで騒ぎを起こしたことに悪びれもせず、既に新たな試みを始めていた。
魔力の隠匿である。
気配を絶つことにかけて、前世の現代社会においても忍衆の横に並ぶ者はいないと自負している。
要領は同じだ。生気を空気に溶かし気配を絶つのと同じように、空気中を漂うそれらと区別がつかない程度に魔力を溶かす。
老齢魔法師の言う通り、私は魔力を自らの内から発現して以降、魔力に関する知覚が深まった。
魔力に関する書物によれば、それらは色分けできるほど多種多様な性格を持つという。
忍として磨き上げた観察眼が活きてか、現状朧気ながら色味と、その大まかな密度までは何となく判別できている。
そして隠し忍ぶことに特化した忍としての性質が自身の魔力の隠匿において想定外に活きた。
昨夜遅く。
無駄に広いベッドの真ん中に埋もれるように寝転ぶ私は、いつもならとうに寝落ちているような時間でもまだギンギンに目が冴えていた。
普通じゃない。
そう認知されることを嫌う忍は多い。
忍が忍たるためには、何の変哲もなく、当たり障りなく、凡に徹しなければならない。
壁に耳あり障子に目ありというが、我々は日本の陰に潜む耳であり目であり力である。
どこにでも居てどこにでも行く。そんなありふれた、しかし決して日の目を見ない存在。
興味が逸りすぎて普通を逸脱してしまったのは猛省ものだが、幼過ぎることが幸いしてか深入りはされなかった。
先の反応から見て、二歳で堂々魔力を扱えるとなると面倒ごとが増えるだろうことは想像に難くない。
が、それを言い訳にみすみす魔法習得が遠退くのは堪ったもんじゃない。
そもそもこの世界には忍としてのしがらみなどなく、隠さなければならない謂れなどないのだが――――骨の髄まで染み込んだ性がそうするのか、敢えて隠すという縛りは元忍にとっては俄然意欲を掻き立てられるシチュエーションでもあった。
久々だ。娯楽にこんなに心が躍るのは。
忍として、国の平穏を守るべく礎として、刃として生きてきた人生に悔いがあるわけではない。
それでも普通の娯楽に恋い焦がれたことはある。尊き国民たちが娯楽に耽る平和を傍から見るだけで生き甲斐足り得たくらいだから。
でもいいよね、私が謳歌しても、別に。
今、ここ、日本じゃないっぽいしね?
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