捌 二歳のぶわっ
書庫で不明な魔力反応と聞けば、この館の主人が最も恐れ、最も危惧するものを真っ先に連想する。
【禁書】
古く、気高く、尊い。
書物でありながら人の手に負えないそれらは、しかし絶大な力を持つゆえに価値がある。
古の大戦以前より存在するそれは、今や失われた魔法を内包し、それ自体が意思を持ち、個として毅然と顕現する。焼こうとも破こうとも滅ぼせない。
そのような忌まわしき書物。諸刃の剣ではあるが、それを所持しているということが防衛戦力として抑止力のように働く。
ゆえに、それを所持するのはブレール家のみならず、由緒正しき貴族家であればどこにも似たようなものは存在する。それらを全て王家の直轄とせず、貴族家が臣として分散し厳重に保管するのも一つの勤めである。
それらは通常、当主以外の者が安易に開けぬよう厳重に封をされている。
今、そんな禁書庫の最も近くにいるのが愛娘のミストと傍付きのメイドが一人。
当然、その二人が禁書庫を開く術など知るはずがない。
が、よりにもよって書庫で不明な魔力反応が突如発生するなど、原因はそれとしか考えられない。
そう疑っていなかった当主クラウドだが、メイドの一言を受けてミストに視線を移したところで信じられないものを見た。
一見、何の変哲もない、特に変わった風のない娘の姿。
だから見紛うた。
その余りの自然さに、その余りに不自然な様を見逃しかけた。
「…………ミスト、それは何だ?」
目を疑った。
愛娘ミスト、その小さな体躯と寸分違わず綺麗に
「……お嬢様が魔力を発現しました」
信じられないものを見るような目をしたクラウドに、傍付きのメイド マイラが声をかける。
「馬鹿な……ミストはまだ二歳になったばかりだぞ……」
禁書庫の錠を確認した魔法師たちが戻って来るが、首を横に振るその様子から禁書庫が開けられた形跡は無さそうだ。
ミストやこのメイドにしても、禁書に触れたと思しき痕跡はない。
「ミスト……何をしたか言ってごらんなさい」
一瞬前の剣幕からは考えられないほど穏やかに、クラウドはミストのかけるソファの脇に膝をついて目を合わせて問いかけた。
「ぶわって」
「ぶわっ?」
返って来たあまりにもぼんやりとした返事に周囲一同が首を傾げる。
「ぶわってした」
「「「…………」」」
騒ぎの元となった張本人はというと、面倒ごとの臭いを察知してすっとぼけることにした。
「何をしていたらぶわっとしたんだ?」
「う〰〰んってしてた」
首を傾げるミストを見て一同はさらに首を傾げる。
「考え事か? 何を考えていたか教えてごらん」
「からだのこと」
「…………そうか」
手元には人体の基礎魔力に関する本と人体解剖学の図鑑が置いてある。
それらの何をどう汲み取って、二歳児が理解できる範疇で考察して二歳にして魔力の発現に至るのか皆目見当がつかない。
不可解は不可解だが、状況的に見てミストが単独で魔力を発現した。
だがミスト本人にも何が何だか分かっていないのだろう。
不自然なほど自然に身体に馴染んだ魔力の形は……幼さゆえの純粋さだろうか? 狙ってやろうとしたところで一流の魔法師でも易くできることではない。
偶然だろう。
「あー、騒がせてすまなかった。 ミスト、今日はもう部屋に戻りなさい。 メイド、君は後で執務室に来るように」
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