漆 二歳の気
ばちこり肉体労働であるボウトクの一忍にとって、任務前に身体のコンディションを整えておくのも立派な職務の一つ。
私がそのルーチンの一環としてやっていたのが瞑想だ。
坐禅を組み、丹田に気を集め練る。
「気」というとオカルティックな話になるが、要は身体の内なる巡りを感じつつ自身の肉体への知覚を深めることで、身体を高精度に思い通りに動かすための一種の集中法と私は捉えている。
俄然集中力が増すし、動きの精細も相まって脳がピリつくような凄まじいパフォーマンスを体現できる。
…………実際には、私は師夫仕込みの特殊な訓練を経て「気」なるものを実際に練られるようになっていた。
当時の私は自分が何となく練っているつもりのものが「気」だとはっきり知覚していないため、ただ集中と肉体への理解が自身のパフォーマンスを底上げしたと思っていた。
………
瞬間、ちょうど丹田のあたりで何かが弾けたような感覚
それを機に、自分の身体の内から風が吹くように、ぶわっと何かが広がっていく感覚
「!?」
「!? ……お嬢様!?」
明らかにいつものルーチンとは違う感触、感覚。自分の中から何かが吹いた。
膨らむそれに気付いたマイラが声を上げる。
……これか?
鳩尾の奥で何かが燻ぶった。
炎がじんわりと熱を発散するように、そこから膨らんだ何かは私の身体をぼんやりと覆っている。
無色透明……のはずだが、何故かそれが視えている。
昔テレビでやっていたのをぼんやりと見たことがある。オーラがどうとかこうとか……きっとそういう類のものだろうなという何か。
「まりょく?」
「え? あ、はい、魔力……え? お嬢様が……?!」
マイラの反応から察するに狙いは思いがけず果たせたようだ。
「お嬢様……魔力を……まだ二歳なのに……?」
何やらマイラの表情が険しい。
「五歳頃から」とか書いてあったしな。二歳はいくら何でも早すぎたかな?
しかしこの芽吹いてしまったものをどうしよう。私の身から溢れたようだし、仕舞えるかな?
それはいつも通り、ルーチンの一環。
身体の知覚。自分自身という器の知覚。
頭頂から爪先に至るまで、自分という個と世界を満たす空気の境界を探る。
自分という個が形作る
そこより内側は自分自身。 私の思うがまま。
それは前世のときよりもはるかに明瞭に、私という一個体への理解を深める。
あぁ、手に取るように分かる。鼓動、巡り、骨格の
その感覚には覚えがある。何度となく死線をくぐる中で経験したことがある。いわゆるゾーンとかいうやつだ。
今の自分なら最上のパフォーマンスで自身を操れるという確信。 知覚と境界が完全に同期した心地よい感覚。
なるほど、これが魔力の使い方の一つなのかな?
時間がゆっくり流れる。
普段なら読み取れない位置に並んでいる本の背表紙すら明瞭に、正確に見渡せる。
マイラの動きがよく分かる。呼吸、心拍の乱れ、身体が固まる感覚まで見通せる。
そして大勢の大人がドタドタをこちらに押し寄せる気配…………ん?
「ミスト!!!」
血相を変えた父と、父が携えた魔法師たちが書庫に殺到したのはその時だ。
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