陸 二歳の丹田

 「―――旦那様!」



 執務室で書類を捌いていた屋敷の当主 クラウド=アン=ブレール伯爵の元に、館内警備を担う守衛の一人が血相を変えてやってくる。



 「館内で不明の魔力反応が突如生じました!」


 「――場所は?」


 「書庫です!」



 ここは貴族家の館、あらゆる点で警備は万全であり、その当主にして当代ブレール家最強の魔法師でもあるクラウドは自身が率いる部隊がみすみす間者の侵入を許すようなヘマはしないと一定の信頼を置いている。


 厳重に守られた館内で不明の魔力反応が突如生じたという知らせは良い報せと悪い報せの二ケースが考えられる。


 良い報せ……つまり、五歳になった次女 ヘイルが魔力を覚醒させた場合である。日本風に言えば赤飯を炊くようなおめでたい話だ。



 だが場所が書庫であれば推定するのは――――




 「すぐに一級魔法師を書庫に集めよ! 私も書庫に向かう」


 「はっ!!」





 ………




 「ミスト!!!」



 血相を変えた父 クラウドの怒号にも近い呼びかけに、書庫のいつも使う一画に居た私とマイラは思わず身体が跳ねる。



 「旦那様! 丁度いいところに……!」


 

 今まさに自分が目の当たりにしたことを一刻も早くお伝えしたい!と迫るマイラを余所に、



 「禁書庫を開けたのか!?」



 普段娘に見せる温厚な表情とはかけ離れた剣幕で怒鳴るように問う。

 貴族家当主として日々強かに生きる父の有無を言わさぬ圧に、二歳の身体とはいえ思わず私も身がすくむ。



 「……!! 旦那様! 違います、私もミストお嬢様も、禁書庫を開いてはおりません!」


 「アザン、確認しろ!! ここで不明の魔力反応が出たと聞いた。禁書以外に何がある……!?」



 クラウドは連れてきた魔法師を禁書庫とやらの確認に向かわせ、マイラと私の方へと向き直る。


 私が禁書庫なるものに興味を惹かれる傍ら、マイラは父の怒濤の問いに顔を青くしつつも果敢に向き合い、



 「ミストお嬢様です……!!」



 はっきりとそう答えた。




………




 数分前



 不意に本を読む手を止めた私にマイラは首を傾げる。


 気になったことはすぐ実践。結果無駄でもいい。「無駄だと分かった」ということが実践の成果で、その学びも重要なのだ。

 

 「魔力」という概念がない世界に居た自分には、わからないことはわからない。

 いつか自然とわかる日は来るのかもしれないが、私は今知りたい。 今からでも学びたい。


 「魔法」というものが人々の生活に、身近に根付いた世界。


 今この生が何なのかはわからない。 もしかするとリアルな夢なのかもしれない。

 だがもし夢じゃないなら……



 あぁ、私、今心が躍ってる……


 こんなにも胸が熱くなる未知が、手が届きそうなところにある。



 今の自分にもできるだろうか



 そんな欲に塗れた雑念を瞬時に振り払い、私は坐禅を組んで、丹田に気を練った。

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