参 二歳の言語習得

 「どうされたのですか?」


 私付きのメイドの一人 マイラは、唐突に自身にすがる私に戸惑った顔をする。



 「ごほん」


 「あらお嬢様、ご本をお読みになりたいのですか?」


 「ごほん いっぱい」


 「あら。ふふ、書庫に行きたいんですか」



 マイラはよく子供向けの絵本を読み聞かせてくれるメイドだ。

 読み聞かせに熱心な彼女の様子から、恐らく四人いるメイドの中で最も識字のレベルが高く、かつ本に関する造詣が深い。私の拙い要望に応じて適切な蔵書を選んでくれるだろう。


 書庫の蔵書は幼児教育向けの僅かな一画を除けば二歳児に読めるようなものはほぼない。

 以前館内散歩がてら訪れたときはその一面蔵書が並ぶ風景が物珍しいというだけで喜んだ記憶がある。

 大方散歩をねだられたと思ったのだろう。令嬢顔パスで書庫に入り、一画にある一人がけのソファーに収まる私を見てマイラはキョトンとする。



「じしょ ちょーだい」


「じしょ……? …………あ、辞典のことですか?」


「そう」



 淡々と告げた私に、マイラは分かりやすく困惑した表情を浮かべる。

 怪訝に思ってはいるだろうが、私に申し付けられたことを無視する訳にもいかず、首を傾げながらも目当ての本を取りに向かった。


 持ってきたのは以前姉の私室で見かけたことがある、ほどほどの厚さの辞典だ。

 そこそこ立派な装丁のそれを姉は自習に際し常に携えていたように思うので、恐らく貴族の子息が学ぶ供に調度いいグレードの辞典なのだろう。


 パラパラめくりつつ、ご丁寧に添えられた挿し絵に見入った風にしていると、マイラは何やら腑に落ちた様子で本棚の方に向かって行った。



「お嬢様、こちらも面白いですよ」



 日頃世話役としてあわただしく動き回るメイドだけあって見た目の割にパワフルなのか、マイラは私の背の丈ほどありそうな高さに積まれた何冊もの分厚い本を涼しい顔で抱えてきた。

 動物、植物、地図他諸々……図鑑である。狙い通りの動きをしてくれた。やはり彼女は聡い。



「あぃがと」



素直に感激したのでいい笑顔で拙く礼を言うと、マイラはほっこりと顔を綻ばせた。




………




 「ミストが最近書庫に入り浸っていると聞いたが」


 「はい。近頃は好奇心が旺盛なようで、図鑑を広げては楽しそうにお読みになっています」



 末娘の侍従長からの定例報告を受けた父―――クラウド=アン=ブレール伯爵は、日々の多忙な業務の合間にもたらされる子供たちに関する報告に一時の癒しを得ている。



 「今日は果物の図鑑を熱心にお読みになっておりました」


 「はは、今は図鑑が楽しい年頃か。気が済むまで書庫で遊ばせてやってくれ。それと、明日はフルーツを差し入れてあげなさい」


 「かしこまりました」



 図鑑に喜ぶ二歳を周囲が微笑ましく見守る日々はしばらく続いた。

 特にマイラは私の好奇心が本に向いたのが余程嬉しかったのか、これ幸いと様々な蔵書を私に読ませた。

 私が風だと分かると、持ち込む蔵書の難易度と幅を広げていき、ときに絵本のように読み聞かせながら私に説いた。綺麗な樹形図を形作るようにそれはそれは適切に。


 カモフラージュも兼ねた図鑑読破の甲斐あり、ついでの知見もたっぷり広げることができた。

 そんなこんなで二週間後、私はあらかたの文字と読みを理解した。

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