弐 二歳の将来設計
二歳のふんわりした記憶と、忍として育ってきた重厚な記憶が混在するのは何とも形容しがたい違和感があった。
二歳児への擬態はさすがにこなしたことがなく、状況を飲み込むまで真顔で固まった挙句熱を出してしまった私を世話係が心配し、家仕えの従医と忙しくしているはずの両親まで駆けつける始末となった。
ことの真相は恐らく医学で解明しようもないことであり、私も私で物々しい空気を察してあどけなく振る舞ったので大事には至らなかった。
やっとこ二語での意思表示を始めたくらいの二歳児の記憶とはいえ、関わる人々の大まかな人間関係と自身が置かれた環境についてはそれなりに把握しているようだった。
分かる範囲で状況を整理する。
今私が暮らしているのは日本の伝統的、或いは現代の一般的な家屋とも造りから規模から調度から何から何まで違う、西洋風の巨大なお屋敷である。
呼称と扱いから見て、どうやら私はこのお屋敷の主人の娘の一人らしい。
両親はそれなりに高貴で忙しい身分であり、その娘たる私は生まれながらにしてそれなりの権力と立場のある身分である。
故に、私には専属の世話係として四人のメイドがついており、育児の大半は彼女らが担っている。
両親は「おしごと」とやらで日々忙しくしているが、私のことはそれなりに可愛く思っているようで、合間には顔を出して可愛がってくれているし、私もそんな距離感を理解した上で両親からの愛情をしかと感じている、
「大丈夫かい?」
「苦しかったらちゃんと言うのよ?」
「いいこいいこ」
八つ上の兄と五つ、三つ上の二人の姉がいる。
三人とも末妹である私を溺愛している。
恵まれている。
それはもうぬくぬくと恵まれていて、蝶よ華よと可愛がられて、二歳児の私は日々いい気になって気ままに過ごしていた。
恐らく私はどこぞの貴族の嫡子である。
現代においてここまでコテコテの貴族家があるなど聞いたことはないが、感覚的に今この瞬間、ここが現実の世界であることは疑いようがない。
しかしそもそも前提がおかしい。
忍としての記憶が作り物でないなら、私は死んだはずなのだ。
何者かに生まれ変わり二歳になってそれを思い出したのか、或いは二歳の幼女に私の記憶と人格が不意に宿ったか……いや、その差異は今は些事だ。
二歳で聞き取れる程度の語彙しか頭に入っていないが、世界各国語を使えずとも知っている記憶の中に当てはまるものはない。全く知らない言語を初めて聞いている感覚だ。
不可思議なことが多すぎるので、とりあえずここはどこか知らない世界と仮定しよう。
すると情報が足りない。
世界観、国、歴史、領土、生活基盤……一切合切、貴族の立ち位置、その娘に相応しい生き方……ダメだ、樹形図状に広がってキリがない。
幸いこの館の書庫にはそれなりの蔵書がある。貴族の館に設えた書庫であるからには情報収集のソースとして質・量共にある程度信頼がおけると思っていいだろう。
目下、目指すは言語習得……言語の習得は仕事柄得意な方ではあるが、スムーズにいくだろうか。
今日のくだりから、あまり訝しがられるような挙動は下手をすると自分の行動範囲を狭めることになりかねない。
いっそ協力者を作るか……誰を?どう抱き込む?
……あぁ、とりあえず一人、心当たりがいるな。
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