第14話 本音
影山が教室を出てからどれくらいの時間が経っているのか分からない。少なからず学校の敷地内に影山の姿はない。私が仲良くもない影山の家を知っているわけもなく、私は直感が働くまま正門を左に曲がって、こっちに影山がいるんだと信じてひた走った。
「ハァ……ハァ……」
息も絶え絶えで、足ももうパンパン、頭もボーっとしてきた。そんな中、遠くにゆらゆらと動くうちの制服が見えた。きっと影山だ。少し猫背で、襟足は不揃いに長い。そんな根暗そうな風貌に合ってない肩越しに引っ掛けるように持たれたスクールバック。絶対に影山だ。不安が確信に変わった時、私は大声で彼の名前を叫んだ。すると、その人は足をピタリと止めてゆっくりと私の方を振り返った。
「なに? 理解したなら前まで通りあいつらと――」
「もう無理だよ」
私は彼の言葉を遮って掠れた声でそう言った。口にすると途端に悲しくなる、見たくない現実。でも、見つめるしかない。ずっと目を背けていては、一生彼に近づけない気がする。
「私はもう独りぼっちなんだよ……。楓も海音も、柳君も藤田君も。私はもう、あの人達と一緒にはいられないの」
「なんで?」
彼は依然クールで、そっけなく聞き返してくる。
「みんなとの関係は、すごく薄っぺらいものなんだなって気づいちゃったから。だから影山は私たちに、一人でなんも出来ない奴の言うこと、聞く気ないって言ったんでしょ?」
彼の目が見れない。緊張しているのがよく分かる。震えた声で彼に問うと、影山は小さく息を吐きだしてくるりと踵を返した。
「ここで話すのもあれだし、近くの公園にでも行こうか」
影山はそう言うと、私の返事も聞かず一人で歩き出した。重たい足をなんとか動かして彼の隣に並んで歩く。鼓動が早くなって、全身が熱くなってくる。体の横にだらんと下ろされた両手は落ち着きなくグーパー運動を繰り返している。
少し歩いて、私たちは学校からほど近い小さな公園の木製のベンチに腰を下ろした。
「さっきの話。あんたさ、それに気づいたんならもっと深い関係を築けばいいじゃん」
彼は私が座ってすぐ、そう話を切り出した。本当に唐突なことだったから、私は一瞬フリーズして、彼の言葉をもう一度頭の中でリピートした。
「それも出来ない」
「どうして」
間髪入れず疑問が飛んでくる。
「あの人達は、近くに誰かがいればいいの。それで満足なの。だけど私は、隣に大切な人がいてほしいの」
また何かを問われるかと思ったら、彼は何も言わないで私を見て話しの続きを促してきた。
「だから、その……。私は本当に独りぼっちなの。だから、私を一人にさせてください。私が生きていくために、私の隣に居てください」
声は凄く震えていた。すごくワガママなことを言っているのは自覚している。だけど、これが私の本音で彼へのまっすぐな想いだった。初めて、この人とずっと一緒に居たい、一緒に居てほしい、心からそう思った。
私の言葉に対して、彼ははぁと息を大きく吐き出した後
「俺は独りに慣れてる。今を変える気もない。だから他を探せ」
冷たい声でそう言った。そのクールな声は、いつもと同じなんだけど、いつもと少しだけ違って。ちょっとだけ震えていて、どうしてなのか少し淋し気に聞こえた。
「独りに慣れてる人なんていないよ……」
そう小さく零れた時、ベンチから立ち上がって歩き出そうとした彼の動きが止まった。俯いていた顔を上げると、一番に入ってきたのは彼の顔。いつもの大人びたクールな顔じゃなくて、幼くてすごく弱々しい顔。そんな彼を見て、私は思わず彼にそっと抱き着いた。
「ウソはつかないでよ……。本当はすごく寂しいのに、それを心の奥底にしまい込んで……。ダメだよ、独りぼっちは絶対に……」
涙で震える声で想いを伝える。心から溢れただけの拙い言葉。でも、なによりも純粋な言葉。今の彼に対する、私の本音。
涙で前が見えなくなった時、彼が私の腕の中から離れた。また彼は独りに戻ろうとしてる。そう思って顔を上げた時、彼はなぜか小さく笑んでいた。そんな彼はいつもよりも少し低い声で
「バレちゃったか」
そう零した。その声からは怒りとか、そういう暗い感情じゃなくて、少しの羞恥心とか、喜びみたいな子供みたいに純粋で愛らしい感情が乗っているように思えた。
「ありがとう。僕を独りにしないでくれて……」
私の頭にポンと置かれた右手。その時、優しい風が彼の前髪を横に揺らす。
ふと見えたその瞳からは、優しい涙が流れていた。
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