第13話 ひとりとひとり
放課後。運動部の勇ましい声を背中で聞いて影山の前に立った。
「なに?」
怪訝そうな影山の声。いつもならその声にビビってしまうところを、なんとか踏ん張って
「あの、ノートのことなんだけどさ」
そうやって切り出したものの、緊張と動揺とで声が震える。
放課後の教室に二人っきり。まるで、恋愛映画のワンシーンのようで身体が無意識に強張ってくる。
「あぁ、そのこと。どうせ、あんたは誰にも借りれないと思っただけ。分かったか? じゃ」
影山はこの先に続く私の言葉を汲み取って、先に冷たい声で答えを述べて私の横を通り過ぎて行こうとした。
「待って。違くて」
「じゃあなに?」
影山は面倒くさそうにため息をついて、私の横に下ろそうとした足を元の位置に戻す。
「科学の、最後のページ」
ただそれだけを言うと、影山は気怠そうに頭の後ろをポリポリと掻いて
「俺はひとりになれてるからあぁいう風に過ごしてる。あんたはひとりに慣れてない。だから警告としてそう書いた。以上。じゃあな」
彼はまた冷たい声でそう言って私の前から居なくなろうとする。
どうしてそんなに急ぐのだろう。塾とか、バイトとか、そんな火急な用事でもあるんだろうか。内心ではそう思いながらも、内に浮かぶ疑問は消えない。
「ねぇ、わかんないんだけど。別に私は一人でもいれる。慣れてるとか慣れてないとかの問題じゃなくない?」
教室前方にある影山の背中に聞く。そうすると、彼はまたため息を吐いて
「あんたは人に頼れ。あんたじゃひとりは無理だ。ただし、ひとりでなら問題ない」
いつになく気怠そうな、珍しく温かみのある声でそう言った。でもやっぱり意味が分からない。ひとりじゃ無理なのに、ひとりなら問題ない? 影山、実はバカなのか? 小説を読んですかした態度を取って頭良さげにしてるけど、本当は馬鹿なんじゃないか? そう思えてくるほど矛盾した二つの言葉。そのよく分からない対比に頭を悩ませていると、カツカツと黒板をチョークで叩く音が聞こえてきて、
「注目」
と影山が短くそう言った。私はその声に釣られて視線を影山の方に向けた。教室に差し込んでくる西日。その茜色に染められる彼の顔がやけにかっこよく見える。開いた窓から熱い風が流れてきて彼の頬を撫でていく。ふわりとさらわれた前髪。その奥からは美しい瞳が優しく顔を覗かせていた。
「お前は独りじゃ生きてけない。ただ一人でなら生きていける」
彼はそう言いながら、二つのひとりを黒板に大きく書いて見せた。
「理解したか? まぁいいや。そういうことだから」
影山はそう言うとチョークを置いて手をパンパンと叩きながら独りで教室を出て行った。
独り茜色の教室に残された私。影山が教室を出て行ってから、時が止まったと思わされるくらい私はただまっすぐ、黒板の上の二つの文字を見つめていた。
独りと一人――
全く同じ読みだけど、文字で見るとニュアンスが違うのが分かる。
一つ目はひとりぼっちみたいな、孤独、孤高みたいな強いひとりを表しているイメージ。
二つ目は自分の部屋で過ごしている時みたいな、誰かを近くに感じている柔らかなイメージ。
二つのその違いに気づいたとき、私は何かに駆られるように教室を飛び出した。
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