第11話 わたし

 影山にそんなことを言われてから一週間が経ったとき、私は体調を崩して学校を休んだ。小学生の頃から学校を休んだことのなかった私。人生初の欠席はとても淋しくて、心細くて、すごく暇だった。一人の自宅を思いっきり楽しもうと思っても、そんな元気はないし。海音と連絡を取ろうと思っても、彼女は学校で真面目にかは分からないけど授業を受けているから無理だし。欠席っていうのはもっと楽しいものだと思っていたけど、全然そんなことなくてがっかりだ。

「はぁ……」

体温計を見ると、そこには37.9と表示されている。さっきより熱が上がってきている。欠席に対する前向きな想いが無くなったせいか、身体がだるく重たくなったように感じる。

 こういう時は寝るのが一番。いつぞや母が言っていたことを思い出す。私はその記憶の中の母に従って、一人淋しくベッドに入った。


『ひとりでなんも出来ない奴の言うこと、聞く気ないから』


『ひとりぼっちになるな』


彼の深い声がどこからか聞こえてくる。

 ――どっちなのよ……。

誰も邪魔できない幸せな夢の中でも、この矛盾の答えを探している。

 目の前には真っ暗で音のない静かな空間が広がっていて、その中に一つだけポンと小さな靄みたいなものが一つ浮かんでいる。きっとあの物体が、心のモヤモヤの答えなんだろう。直感的にそう思った。私はその靄にゆっくりと近づいていって手を伸ばす。けど、私の手は虚空を掴むようにそれを通り抜けて、空しく私のひざ元に落ち着く。

「影山は何を言いたいの……」

私の声が静かなこの空間に大きく反響する。まるで私が私に問いかけているみたい。

「分かんないよ。だって、言ってること正反対だし……」

私の情けない声がさっきの声に交じってまた反響する。その声が薄れて行ったとき、ふいに誰かがこう言った。


『大丈夫。すぐに分かるから』


「え? どういうこと? ねぇ。誰? ねぇ――」


ブーブーブー

 振動音が耳のすぐそばで聞こえてくる。目を開いてスマホを見ると、画面には海音の名前が表示されていた。

「もしもし」

「もしもし、奈々未? 大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

海音の声を久しぶりに聞いた気がする。毎日、学校で顔を合わせているからそんなことは絶対にないんだけど、今日はなんだかそんな気がした。

「奈々未。学校とか休んだことないからびっくりしたよ」

「ごめん。明日には行けると思うから」

久しぶりの友人との会話。失われていた楽しい時間。前までは感じられなかった喜びが、冷たい心を温めてくれる。

「そっか。じゃあ、待ってるね。明日、学校でね」

「うん。また明日」

そう言うと海音の方から電話が切られた。

 えもいわれぬ充足感が身体の中を駆け回る。「また明日」その言葉がこんなにも嬉しく思えたのは初めてだった。

 前までは次の日も当たり前のようにみんなと会って、適当に話して、お昼も一緒に食べて、笑って、放課後はカラオケ行ったり、映画見たり。それが私の日常だった。だけど、ここ何か月か全く友達と遊ばなくなって、お昼も一人で済ませて、休みの日は柄にもなく小説を読んだりして過ごして。

 ――私、意外と淋しがりなんだな……。

 自分は一人でも生きていられると思っていた。例え、みんなが私から離れていっても平気だと思っていた。だけど、全然違った。私は、みんながいないとダメなんだ。苦しいんだ。さみしいんだ。だから、影山にあんなことを言われてカッとなって

しまったんだ。今、こういう状況になって初めて気づけた。

「明日、学校に行こう」

私は小さくそう言い放って、再び回復のための睡眠に入った。

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