第6話 変
いつも通り笑って一日を過ごして、家に帰ってからはダラダラとSNSを流し見て過ごして。そんな堕落した生活の中でも、蓋と水たまりの僅かな隙間から溢れてくるあの感情が、ふわりと心に広がる。
顔は笑っていても心は全然笑ってない。ダラダラとリラックスしてるはずなのに、全然心は休めていない。そんな苦しい日常にも、この状況を作り出したアイツにも腹が立って、私はこの小さくざわめく苛立ちを静かに柳君たちにぶつけた。
それからは放課後もあんまり話さないまま教室を出て、休日も外に遊びに行くことが少なくなった。そうやってひとりよがりに八つ当たりしているうちに、私は一匹オオカミに成り代わっていた。
「はぁ……」
頬杖をついてため息を零す。アイツのせいで……。この想いがどんどん増幅していく。こんな思いも知らず、アイツは相も変わらず黒の革製のブックカバーをつけた本を開いて、小説の世界にのめり込んでいる。その癖、表情一つ変えることなくページをめくっていく。前髪で重たく閉ざされた目元と、ピクリとも動かない口角からは、アイツの手元にあるソレが楽しい話なのか、それとも悲しい話なのか、はたまた哲学書のような小難しい話なのか、全然読み取ることが出来なかった。
「よし。じゃあ、五限始めるぞ」
うるさい先生が入ってくると、アイツはしおりも挟むことなく本をパタンと閉じて机の中にしまう。そして、それと交換するように中から教科書類を取り出しすました顔で黒板を見つめる。
「起立。礼、着席」
号令のだらけた声に合わせてゆったり動いて教科書を開くと、アイツはいつも決まって窓の外に視線を向ける。外が青空だろうと曇り空だろうと、雨空だろうと関係なく。そしてしばらく空を眺めた後、頬杖をついて黒板の方に向き直す。この時も、アイツはどんな気持ちで空を見てるのか分からない――。
あれ。私、なんでアイツのこと見てんの……。
妙な嫌な、ヘンな気配がして私は視線を黒板のほうに戻す。
思い返すと、最近やたらアイツの方を見てしまっている気がする。
文系科目は両方の足をピタリと床につけて熱心にノートに書き込んでいる。この時は窓の外を眺める時間も短い気がする。それで、理系科目は右足を組んで頬杖をついて聞き流すように過ごしている。この時は空を頻繁に見る。十分に一回くらいだろうか。すごく退屈そうに見えるのは気のせいなんだろうか。
副教科の家庭科や体育などは、興味もなければ得意でもないようで、積極的には参加することなくいつもぼんやり一時間を過ごしてる。この時は窓の外を一切見ない。なぜかみんなを見ている。やはり、重たい前髪のせいで心境はよく分からない。
あ。今もアイツは足を組んでつまらなそうに教科書をめくっている……。気づくとまたアイツを見てる。
ヘンだ。やっぱり、何かがおかしい。胸が疼くというか、こう、熱くて、モヤモヤする感じ。アイツが視界に入ると、そんな異様な感覚に襲われる。
もしかして。一つの答えを見つけたけど、私はすぐにその答えを丸めて投げ捨てる。まさか、この私がアイツに。そんなわけ――。
いくら捨てても送り付けられてくる答案。私はついに捨てるのをやめて、机の上に置き去りにして頬杖をついた。
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