第3話 怒り

 次の日から、つまらない授業漬けの毎日がスタートした。とはいえ、勉強にそこまでの思い入れはないため先生の話は右から左へと華麗に聞き流して、昼食は海音と楓、加えて柳君と彼の親友の藤田君と中庭でワイワイ騒ぎながら済ませて、放課後は教室なり廊下なりでガールズトークを一時間程度して解散。運動部の男子二人の部活がない日は駅前に行ってカラオケや映画、ショッピングなどなど、ザ・青春といった日々を存分に満喫する。

 そんな、中学までの日常と大して変わらない毎日。そんな心地よくも、新しい刺激のない平穏な日々に、ちょっとした変化が起こった。

 桜の花びらもすっかり地面に落ちて木々に柔らかな緑色が付き始め、新入生歓迎ムードも落ち着き始めたこの日の昼休み。柳君と藤田君がニタニタと笑いながら、あの異質な陰キャ男子の元に歩み寄って行った。友達になろうなんて、そんな優しいことを言いに行ったんじゃない。自分たちのパシリに使おうという、男子の悪ノリみたいなやつだ。本当に男子は小学生のまま時計が止まっているみたいで羨ましい。しょうもなくてため息が零れる。

「ねぇ、えっと……。影山君、だっけ」

陰キャ男子は声も出さないまま、視線を小説から柳君の方へと持ち上げた。この状況で、陰キャはどんな表情を見せてくれるのか楽しみだったけど、長い前髪に隠れて肝心の面白いところが見えなかった。

「ちょっとさ、パン買って来てくんない?」

「なんで?」

自己紹介ぶりに聞いた陰キャの声。低く、温度を感じない声。冷たいその声に楓も海音もたじろいている。

「なんて言うかな。俺たちさ、行くの面倒なんだわ。だから、よろしく。五人分な」

藤田君が薄ら笑いでそう言うと、陰キャはまるで何事もなかったかのように藤田君の言葉を無視して小説に視線を戻した。その毅然とした態度を前に呆気に取られていると、柳君が陰キャの机の上にドンと手を乗せて

「行って来いよ。陰キャが何様のつもり?」

とニヒルな笑みで陰キャを挑発する。しかし、陰キャは柳君の言葉を聞いても尚、黙々と紙面と向かい合って本の世界に入り込んでいる。

「なぁ、立場分かってるよな? 行けよ」

「そうだよ。さっさと行けよ」

しびれを切らした柳君が語気を強めてそう言う。その強気な姿勢に引っ張られて、楓も海音も高圧的に同調する。ここまで来ると私が浮いてしまう。私も何か言おうかと思った時、目の前で陰キャがすぅと立ち上がって、信じられないくらい冷たい声で

「ひとりでなんも出来ない奴の言うこと、聞く気ないから」

そう言って席を離れて行った。

 陰キャが私の横を通り過ぎた後、お腹の真ん中に熱いものが湧いてきた。これはきっと怒りだ。陰キャが、なに偉そうなこと言ってんの? 胸の奥に浮かんだ言葉は、静かにお腹の底の熱いものの中に溶けていく。

「マジ萎えた」

「もういいわ。ダル」

「だね。あ~ぁ、ノリ悪すぎ」

呆れた様子の四人。私は黙ってその雰囲気に同調するようにして、彼らの後に続いて教室を出た。

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