第2話 気になる奴

「はいはい。席ついて」

柳君が席から離れて行った後、すぐに担任とみられる教師が教室に入ってきた。先生なんて言う堅物に興味はないから自己紹介はほどほどに聞き流して、その後に控えていた入学式も適当にやり過ごし、あっという間に高校生活一日目が幕を閉じようとしていた。

「じゃあね、奈々未ちゃん」

「うん、またね」

今のは、今日一日で仲良くなった女子。名前は月島楓。栗色の艶々なロングヘア―が印象的で、鼻筋がすぅと通った美しい顔をしている。私ほどじゃないけど、すごく美人な子。

「また明日ね、奈々未」

「うん。また明日」

そしてもう一人。こちらは中学の時から付き合いがある小山海音おやまかのん。こちらは楓とは対照的な黒髪ショートヘアー。中学までは陸上競技に熱中してたけど、高校では彼氏を作るんだとすごく張り切っている様子。私としても頑張ってほしい次第だ。

「よし。私も帰りますか」

荷物をまとめて席を立つ。教室内はまだ賑やか。新しくでき始めた交友関係が楽しいみたいだ。でもやっぱり、その中で異質な空気を放っているのは、朝からずーっと小説と向かい合っている彼。名前は確か、影山玲央だっけ。前髪は目を隠してしまうくらい長く、ぐると丸まった背中。柳君とは正反対の典型的な陰キャ。春を迎えてすっかり温かくなった空気の中、彼の周りだけはまだ冬が残っているみたいに冷たく、何の温もりも感じない。

 そんな異物が気になった私は、彼をちょっとからかってみたくなった。なんでもない好奇心だ。そう思って彼の元へ歩いていこうとすると、私の行く道を阻むように柳君が現れた。

「奈々未ちゃん。一緒に帰ろうよ」

変わらないチャラチャラした口調と態度。自分はかっこいいのだというナルシシスト的な発想がすごく鼻につく。

「いや。一人で帰れるし。じゃ、また」

「奈々未ちゃん冷たいなぁ」

そんな柳君の気色悪い声を背中に聞いて、私は好奇心もそこそこに教室を後にした。

 家に帰って部屋着に着替えた後、ベッドの上に即行ダイブする。途端、鳴りだすスマホ。画面を見ると海音の名前が表示されていた。

「もしもし?」

「もしもし、奈々未? 早速、話そうよ」

「う~ん、いいよ」

これから始まるのは、クラスの男子評論会だ。この人がかっこいい、この人は優しそう、コイツはがり勉等々、第一印象を共有して互いの気になる人を発表していく新年度恒例の行事だ。いつもは海音と二人で行っていたけど、今回からは楓も参加しているみたいだ。

「じゃあ、やっぱり一番は柳君でしょ」

「だよね。一番かっこいい」

海音と楓が盛り上がってる。その話を私は適当に相槌を打ちながら訊く。あんなチャラ男のどこがいいのか私には分からないけど、友達の恋愛は応援したいというのが私の捨てられない性だ。

「奈々未は? どう?」

「どうって?」

少しボーっとしていて今の話題を聞いてなかった。スマホの画面を見て聞き返すと、楓が

「奈々未ちゃんは気になる人、いた?」

と聞いてきた。気になる人。気になる人……。

「やっぱり美月なら柳君でしょ。絶対お似合いだと思う」

「ん~。まぁ、そうなのかな」

「あれ、違う? もしかして、今回はビミョー?」

海音が薄い笑いを浮かべながら訊いてくる。

「まぁ、柳君じゃないとして気になる奴ならいたよ」

頭に浮かんだのはあのいつまで経っても春を迎えなさそうな陰キャ。入学初日、私に目もくれなかった初の人間。気になるの意味は違うにせよ、興味が湧く人物なのは間違いない。

「え~。誰?」

「内緒」

短くはぐらかした後、二人は甘い声でねだってくる。その声を私は見事にスルーして、次の話題を展開し始めた。

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