第12話 休日の約束
「ごちそうさまでした」
二人で手を合わせて、お皿をテーブルの真ん中に重ねておく。
それから一息ついた時、星川さんが神妙な面持ちで口を開いた。
「あの、北野先輩」
「な、なに……?」
これはあれだ。ついに聞かれる。いざ、こういう場面になると身体が強張って声が震える。
「えっと、その……。せ、先輩って……」
「うん……」
この言葉を選んでくれてる時間が、俺の緊張をより増大させる。意識して深呼吸をしようとしても、上手く身体に酸素が入ってこない。呼吸が一番苦しくなったその時、星川さんの口から予想だにしない言葉が飛び出した。
「北野先輩って、彼女さんとかいるんですか?」
「へ?」
俺に彼女? いるわけがない。これが、星川さんが俺に聞きたかったことなのか? どうしてそんなこと気になるんだろうか。それに、これを聞いたところで星川さんになんのメリットがあるのだろうか。
「あの、どうなんですか?」
たくさんのはてなが頭の中に浮かんで答えを探していると、震えた星川さんの声が俺の思考を止めた。
「あ、ごめん。えっと、俺はそういうのに全然、縁がなくて……」
疑問はひとまず飲み込んで、正確に情報を伝えると星川さんは心なしか表情を綻ばせて
「そうなんですね! よかったぁ」
と大きく息を吐きだした。
よかった? 何が良かったんだろう。ん? これはもしかして、星川さん俺のことが――。
その方向に思考が進んでしまいそうになった途端、頭の中で「ありえないだろ」ともう一人の俺に突っ込まれて俺は納得して息を吐いた。
「えっと、聞きたかったことってそれ?」
「はい! ずっとモヤモヤしてたんです」
「モヤモヤ……」
また、止まった思考が再開される。
これは、俺ワンチャンあるのか? 淡い期待が心の奥に浮かんだ瞬間、
「先輩。あの、先輩の都合の良い時でいいので、私とデートしてくれませんか?」
星川さんは真剣な眼差しでそう聞いてきた。
でえと……。でーと――。
「デート!? 俺と?」
「はい。北野先輩と」
今日一番の驚きが俺を急襲する。俺と星川さんがデート。そんなの誰かに見られでもしたら、きっと散々なことが起きてしまう。だけど、もう一方の天秤に載っているのが星川さんとのデート。したくない、わけがない。そんなリスクがあったのだとしても、プライベートの時間を一緒に過ごしてみたい。
いつもビビッていい返事が出来ないのに、今日は珍しく後者の衝動が勝った。
「あの、俺でよければいつでも……」
俯きがちに言うと、星川さんは声を明るくして
「ホントですか? じゃあ、冬休みはバイトを頑張らないといけないので、冬休み前の土曜日はどうですか?」
と目をキラキラさせながら訊いてきた。かわいい。幸福感が胸を満たしていく。ダメだ。返事をしなければ、また星川さんに要らぬ心配をかけてしまう。
「冬休み前となると、再来週の土曜日ってことかな?」
「そう、ですね。はい」
「わかった。集合場所は?」
「じゃあ、先輩の家の最寄り駅にしましょう。ちょうど行ってみたい場所に行く途中で停まるので」
「行ってみたい場所って?」
「秘密です。当日まで楽しみにしててくださいね?」
小悪魔のような表情にまた心臓が撃ち抜かれる。今日はドキドキが止まらない。これが苦しくもあり、嬉しくもあり、心地よくもある。なんだか不思議な感じだ。
「分かったよ。じゃあ、今日は遅いし解散にしようか」
「ですね」
そう言って席を立ったとき、伝票の上で二つの手が重なった。
「いいよ。俺払うから」
「いえ。今日は私の方から誘ったので私が」
「いやいや。ここは先輩の顔を立てると思って」
「いや。ここは私の感謝の気持ちだと思ってください」
こうしてくだらなくも可愛らしい言い合いの末、割り勘というところに落ち着いた。
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