第11話 清廉潔白
「あ、食べる前に半分に分けたほうが良かったよね」
二口目を食べてしまった後に星川さんに言った。こんな俺が口をつけたものを星川さんに渡すのは少々、というかすごく憚られる。
「大丈夫ですよ。先輩が半分食べたら私のと交換しましょう」
だけど星川さんは、そんなことを意に介さず優しい声でそう言ってくれた。
待てよ。俺が口をつけたものを星川さんが食べるということは、逆もまた然りというわけだ。つまり、間接キス――。
思いがけない地雷に自ら気づいてしまった俺。緊張と興奮で心臓がバクバクだ。
「美味しいですね」
「だ、だね。ここのはハズレがないよね」
「ですね」
拙い会話を楽しみながら、お互い半分ほど食べ終えたところでお皿を交換した。
今、俺の前にあるのが星川さんがさっきまで食べていたカルボナーラ。別のフォークを使うとはいえ、口をつけたフォークでまたパスタを掬うのだから、これは紛れもない間接キスになってしまう。
重大な事実を改めて確認すると、興奮にも似た熱い感情が胸の奥から沸々と沸きあがってきた。星川さんと間接キス……。いいのか……。本当にいいのだろうか……。
そんなことを深く考え込んでいると、星川さんが心配そうに俺の顔を覗き込んで
「先輩、カルボナーラ苦手でしたか?」
そう聞いてきた。交換してから一度も口をつけていないのだから、そう思われても仕方がない。
「いや、カルボナーラ好きだよ。ちょっとドリンク無くなっちゃったから取りに行くか迷ってたんだよね」
苦し紛れの雑な言い訳。俺は空になったグラスを持ってそう言った。すると、星川さんは頭の上にはてなマークを浮かべて
「どうして迷ってたんですか?」
純粋な瞳を俺に向けて聞いてきた。
「あ。えっと、それは……」
答えられるわけがない。なにせ、とって付けただけの嘘なのだから。しかし、何も言わないと余計に怪しくなる。そう考えて、これまた苦し紛れに出た言葉が
「星川さんが食べてるのに、席を離れるのは悪いかなと思って……」
そんなさっきよりも苦しい言い訳の言葉だ。さすがにこれはバレたかと思ったけど、星川さんはこの嘘を信じてくれたようで
「気にしなくて大丈夫ですよ」
と、また優しい声でそう言ってくれた。なんていい子なんだろう。なんて純粋な子なんだろうか。清廉潔白という言葉がぴったり当てはまる素敵な女の子を前に、しょうもない嘘を吐くことしかできない自分が恥ずかしく思えてしまう。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って席を立ち、ウーロン茶を入れて席に戻った。そこからは、これ以上の疑念を持たれないように平静を装いながら半分のカルボナーラを大切に食べきった。
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