第9話 二人の帰り道
やってきたのは小さな緑地公園。このあたりに住んで二年を過ぎたけど、こんな場所があったなんて知らなかった。
「素敵な公園ですね。ブランコもありますし、木もたくさん。夏に来たら、鮮やかな緑に囲まれてるんでしょうね」
星川さんは楽しそうに目じりを下げて、ブランコの画面に静かに腰を下ろした。
「ほら、北野先輩も。一緒に乗りましょう?」
二つあるブランコの片方に星川さんが乗っているので、俺はもう一方のブランコに乗って、地面に足を着けたまま前後にブランコを揺らした。
「そうだ、先輩?」
「なに?」
「あの、今日のバイト終わりって時間あったりますか?」
思いもよらない言葉に思考が止まる。彼女と同じ時間を過ごすとこういう事ばかり起きる。だけど嫌なわけじゃない。むしろ、それだけ星川さんのことを想っていることに気づけて嬉しい気持ちになっている。
「あ、あるけど。どうかしたの?」
「あの、ずっと聞きたいことがあって」
「そ、そうなんだ。全然いいよ」
「よかった……。あ、もうこんな時間ですね。先輩、そろそろ行きましょう」
「あ、うん」
星川さんが、こんな俺に聞きたかったこと。なんだろう。さっぱり見当がつかない。まず、星川さんがこんな僕に興味を持ってくれていることが嬉しい。ただそれだけで涙が溢れてきそうだ。僕はツンと痛む目頭を軽く押さえて、これから続く楽しい時間に向かって、ゆっくり足を進めた。
今日もあっという間に楽しいバイトの時間が過ぎ去った。今日も今日とて、帰宅ラッシュの時間に可愛らしい声掛けを貰った。そして、今日もまた胸が締め付けられた。星川さんのあの言葉を聞く度に、心臓が小さくなっている気がする。あと何回かあの言葉を聞いてしまったら、俺の呼吸は止まってしまうかもしれない。
そんなありえない想像をしながら星川さんが使った後の休憩室で着替えを終えて、星川さんの元に向かった。
「お待たせ」
「全然です。あの、立ち話もあれかなって思ったので、近くのファミレスでも行きませんか? ちょうど、お腹も空いてきましたし」
「そうだね。この辺となると、駅の近くのとこでいいかな?」
「はい。じゃあ、行きましょう」
星川さんの隣を歩く。今日の昼過ぎも同じように歩いていたのに、夜になるとどうも距離が近く感じる。昼よりも気温が下がっていて、他人肌が恋しくなっているからだろうか。
「今日はお客さん、たくさん来ましたね」
完全にボーっと歩いていると、星川さんが気を使って会話を始めてくれた。
「そ、そうだね。あれかな。今日はサッカーの代表戦があるから、夜はコンビニで軽く済ませようって人が多かった感じなのかな」
「なるほど。そういうのも関係あるんですね」
興味深そうに唇を尖らせて聞いている星川さん。その愛おしい表情に、また胸が締め付けられる。早鐘を打つ鼓動。本当に寿命が縮んでいるんじゃないかと錯覚してしまう。
「分からないけどね」
「でも関係はありそうですよね。北野先輩、すごいです」
「いや、それほどでも」
完全に照れてしまった。表情が分かりやすく蕩けてしまっているのが自分でも分かる。普段、誰からも褒められることのない俺にとってこんな美人の誉め言葉は致命傷だ。
「あ、また可愛い先輩が見れました」
そう言って嬉しそうに笑う星川さん。丸見えの傷をまた抉ってくる。痛みは、ない。むしろ、心地が良い? 自分の知らない自分が顔を出しそうになったのを心の奥に抑え込んだとき、ちょうど目的のファミレスに到着した。
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