第8話 天使

「先輩。今日はどんな一日でしたか?」

電車の中で椅子に座った星川さんが、つり革に掴まっている俺を見上げて訊いてきた。

「うーん、そうだなぁ。すごく驚いた一日だったかな」

「驚いたって、私が正門で待ってたからですか?」

「だって、いると思わないじゃん。まさか、星川さんが僕のことを待ってるなんて」

「確かに。先輩の驚いた顔、すごく面白かったです」

幼い子供のような笑顔。勝手に胸が弾むような、そんな軽やかな笑顔に面白かったという大事な単語を危うく聞き逃しかけた。

「ちょっと。面白かったって」

恥ずかしくて顔全体が熱くなる。そんな俺の顔を見て星川さんは、今度は小悪魔のような笑顔を浮かべて、

「照れてる先輩、すごくかわいいですね」

そうやって俺をからかってきた。

「かわいいって……」

男である以上、かっこいいって言われたい。そんな風に思いながら星川さんの顔が少し強張っていることに気づいた。

「星川さん、どうかした? なんか表情が強張っているっていうかなんというか」

「だ、大丈夫ですよ! あの、全然、気にしないでください」

慌てて首を横に振る星川さん。その時、いつもは隠れている可愛らしい耳が見えた。その耳は、寒さのせいなのか燃えるような朱色に染まっていた。

「あ、着いた。降りるよ星川さん」

「はい!」

星川さんを先に降ろして、自分もホームに降りる。

「今日は帰る時間ないから、少し早く着いちゃうかな」

スマホで時間を確認してボソッと零すと、星川さんはその声が聞こえたのか俺の前でくるりと踵を返して

「早く着いちゃうなら、どこかで時間つぶしませんか?」

かわいらしい上目遣いで聞いてきた。こんなの嫌と言えるわけがない。少し早く着くと言っても、本当に少しなのだ。大体、十分くらい。カフェに入って話すにしては短すぎる。どこで時間をつぶすのがいいかを考えていると、その考えを見抜いた星川さんは

「公園行きましょ? この辺に小さい公園があるみたいですよ?」

そう提案してくれた。本当に助かる。すごく気の利く素敵な女の子だ。こんなにも美人で、明るくて、優しくて、気が利いて、この世に舞い降りた天使のような女の子。世の中の男性が放っておけるわけがない。きっと、イケメンで優しくて、高学歴、高収入の素晴らしい年上彼氏がいるんだろう。そんな胸しい妄想を心の中に留めて、

「じゃあ、そこに行こう」

俺は星川さんに同調して、二人で近くにあるという公園を目指した。

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