第9話 見るからに敵役
悪魔召喚したらうっかりティアが死んじゃう事故が起きちゃったけど、優しい悪魔だったので普通に生き返り何事もなく終わった。なんて都合のいい。
そんな訳で、もう一度ティアに乗って、飛んで町まで運んでもらっていたのだけど……。
「……は? 町に近付けない?」
ティアが突然空中で停止し、そのままバランスを崩して墜落した。僕が何が起こったのかティアに訊くと、ティアは幼女の姿で、そう言ったのである。
「そう。ありえないぐらい広範囲の結界があるの。多分、町一つどころか更に広い範囲を囲っていると思う。とんでもない結界師だ……と言いたいけど」
「ん? 言いたいけど?」
僕が聞き返した。ティアは結界から手を離すと、僕を振り返って、少しも勿体ぶらずに言った。
「これやったの、お前の姉妹だわ」
へー…………マジで?
「結界っていうのは魔力を障壁に変化させる魔術なんだけど、それを維持するのにも魔力を使うのよ。で、こんなデカい結界を作るにはとてつもない量の魔力を消費する。ましてやそれを維持するなんて、並の結界師じゃあ不可能だよ。だけど……」
ティアは僕を見て、額に手を当てた。呆れた風なジェスチャーだった。解せぬ。
「お前も、お前の姉妹も、転移者だ。イレギュラーの極みだよ。お前の場合は、根絶された筈の種族である『吸血鬼』。そして姉妹の片方、背が低くて髪が長い、魔術師の子の方だけど……」
「ちょいちょいちょい待ち」
解せた。解せたけど新情報をスルーできないよ。え、吸血鬼って根絶された種族だったの?
何それお兄さん知らないんですけど。
「話の腰を折らないでよ、迷惑だなぁ」
「うるせい。まあいいや、後にしよう。続けて」
やれやれと首を振って、結界に重心を委ねて立つティア。幼女がそんなことしても可愛いだけだぞ。
何かウザいから後で吸血鬼について教えてもらう時についでにお仕置きしておこう。コイツMだし。
それで、姉妹のちっちゃい方な
「え〜と、そのちっちゃい方が、この結界に使われている魔力と同じ波長の魔力を持ってたんだ。だからこの結界を作ったのがその子だって分かったんだけど、もう一つめちゃくちゃ重要なことがある」
「さあそれは何!」
「うるさっ。……あの子、魔力がバカ多いんだよ。私よりも多い。多分イフリートよりも多いと思う。竜よりも、高位の悪魔よりも多いってもうさ……」
ティアは、若干悔しそうにそう言った。
へー、あのイフリートより……うん、分からん。
いやだって、僕魔力とか感知できねーもん。結界も見えないし、自分の中にそういうのを感じない。
「ていうか、そもそも魔力ってなんぞや」
「は? そのレベルなわけ? マジウケる」
「よしよしこっちおいで」
「うっ……! ぐ、うぅ……」
地面に直接あぐらをかいて、ティアを抱く。超絶嫌がってるけど逆らえるはずもない。いい気味だ。
お腹に両腕を回して頭頂部に顎を乗せる。うん、素晴らしいサイズ感。ジャストフィット。完璧。
「ねーレイ、魔力ってなに?」
「私にお任せください。零から百まで知りうる全てを、キッチリとショウ様にお教え致しましょう」
わーい助かるー。
「魔力とは、普通認識することのできない、魔術を発動するための活力となるものです。魔力は、物質全てに宿っています。基本的に、生物の方が魔力の保有量は多いですが。高位の知的生命体であれば、大抵は自身や自然に宿る魔力を感知して操ることができます。人間でもそれなりの修行を積めば、魔力を認識することができるようになります」
あーそーゆーことね完全に理解した。
「魔力量で言えば、私は一般人の三百倍程の魔力量ですね。そこの子竜が私の十倍程で、イフリート殿は更にその十倍。つまり真夜殿は化け物です」
ほう。流石真夜、転移しても化け物ステータスは健在らしいな。……ん? あれ、ちょっと待って。
「成る程、確かに化け物だな。……で、僕は?」
「はい?」
「僕の魔力量は?」
「……ッスー……えー」
え、何で黙るの? 思い切り視線逸らすじゃん。何? そんなに言いたくないことなの?
「…………る、です……」
「え? 聞こえなかった、もっかい言って」
俯いて目をぎゅっと瞑り、レイは言った。
「………………石ころレベル、です……」
……え? ………………ん?
「ブフーッ! クックック……あっはははははは! 石、石ころレベルっ……! 最っ高だよマジで!」
何も言えない僕の腕の中でティアが笑った。それを止めることすらもその時の僕にはできなかった。
すごく申し訳無さそうにしているレイと、未だに大爆笑を続けているティアを見て、僕は我に返る。
取り敢えず首を舐めてティアの笑い声を止めた。代わりに別の声がしたけど、そこからは放置する。
「……石かー。無機物かー。確かに魔力を感じなかったけどなー。そこまでとは思わなかったなー」
「でっ、でも! ショウ様には血がありますし!」
フォローされた。しかもしっかり正論で。そう言われると確かに、血で魔術を使えるは使えるよな。
複雑な気分を持て余していると、黙り込んでいたティアがようやく復活し、挙手の後に発言した。
「ん、ふう……あー、それはいいとして実際問題」
「誰が喋っていいって言ったよ」
「普通に喋るぐらいさせろや!」
これ見よがしに溜め息を吐いて、ティアは言う。
「あのさ、結局どうすんの? 町に入れないけど」
……おうふ、忘れてたぜ。
「どうすんのこれマジで」
「なあ、おい。お前」
どうしようかなぁ。この町に入るのを諦める手もあるにはあるけど、まだこの中に真夜と小夜がいる可能性が高いしなぁ。でも結界あると入れないし。
「おい! おいってば! ショウ!」
「あーもううっせー。何だよ」
さっきからずっと騒がしいのでまた黙らせようかと思ったけど、一応話を聞いてやることにした。
「コホン……私なら、無理矢理突破できるけど?」
張った胸に手を当て、ドヤ顔で言うティア。少し照れてるのが評価点高い。顔面偏差値で更に加点。
と、可愛さは置いといて。そんなことできるの?
「できるに決まってんじゃん。このレベルの結界、竜にかかれば私みたいな子供でもぶち壊せるよ」
「私にも恐らく可能でしょう。ショウ様は……」
「お前は魔力が石ころレベルだから無理だろうね」
笑いながら、ティア。
悦ばせるのも嫌なので、首をへし折っておいた。蘇生した時にティアに顔面をぶん殴られたけど。
……眷属って何だろう。僕には分かんないや。
「よしやれ。こんな結界ぶっ壊しちまえ」
「ふん。まーまー、私に任せておきなさいよ」
僕の拘束から抜け出して、ティアが結界があるのであろう場所に立ち、ぐるぐると肩を回し始めた。
リッパー・サイクロトロンかな。
「ふう……このクソ主人が……」
おい今何か変なこと言っ──
「んだぁらっしゃぁぃっ──!!」
衝撃波に全身が震える。爆音っつーか、爆発だよもうこれ。振り抜かれたティアの右腕は、竜の姿に変わっていた。幼女な小さい身体と、竜の大きな腕という、アンバランスな感じがとてもいい。
「……うん、よし。ぶっ壊れたよ」
鬱憤が晴れたのか、スッキリしたような感じで僕の腕の中へ戻ってきたティア。その後、ハッとして僕から抜け出そうとしたけど、離すわけがない。
まあ、どうせまたティアに運んでもらうから、後で普通に離さなきゃいけないんだけど。
「この結界、自動で修復していますね。早く通り抜けなければ元に戻ってしまいます。行きましょう」
結界の向こう側と思われる場所まで歩いたレイがそんなことを言った。ははぁ、高性能な結界だな。
レイに促されたので、ティアを抱き締めたまま立ち上がって、抱っこしながらレイの下まで歩く。
「あ……ショウ様、これ……」
レイが何かに気付き、はたと動きが止まる。どうしたのかと思って、発言を待っていると。
レイが、ものすごーく大事なことを言った。
「もしかして我々、この町を襲いにきた魔物みたいになってませんか……?」
……あっ。
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