第8話 お手軽悪魔召喚

「──違います、ここは、こう……」

「こう? あ、いや、こうか?」

『ねー、私抜きで遊ぶの辞めてくんね?』


 ティアが、念話で脳内に直接語り掛けてくる。

 遊んでいるとは失敬な。真面目にやっとるわ。

 僕は現在、ティアに町まで運んでもらいながら、背中の上でレイに魔術を教わっている。

 血を使えば僕もレイのような魔術が使えるのだ。


 現在、先程物質創造の魔術を使って造った、僕デザインの仮面とフード付きの黒ローブを着ている。

 厨ニと呼びたくば呼べ。甘んじて受け入れよう。


 で、今は悪魔召喚の魔術を教わっているところ。


「……はい。完成です」

「おおぉ〜……!」


 右の手の平に描かれた、血の魔法陣を見る。レイによれば、簡易的な悪魔召喚ができるそうだ。

 物質創造は魔法陣を使わない魔法だったから、血を流すだけで使えたけど、悪魔召喚は違う。

 なんだか、魔法使いになった気分だ。


「小さな火の悪魔を喚び出せる魔法陣ですね。成功すれば、蝋燭の火くらいにはなるはずですが……」

「よし……やってみるか」

『私の邪魔はしないでよね〜』


 イラっとしたので、ティアの背中に手を当てた。


『えっちょっ』

「召喚!」


 ──瞬間、そこに小さな地獄が権限した。


「──────!!」

「きゃぁっ!?」

「うぉぅっ!?」


 竜の咆哮──いや、悲鳴が辺りに響く。

 空気が揺れたような衝撃を全身で感じた。


 僕らを包み込む、巨大な炎。したたるような絡み付くような、獄炎の蛇の群れがうごめいていた。


「あっ……つくない? あれ?」


 赤を超えて白い炎の中、しかし僕は無傷だった。それどころか、熱さも暑さも感じない。


「ショウ様! 魔術を解除してください!」


 近くからレイの声が聞こえた。見えはしないが、どうやら彼女も炎の被害を受けていないようだ。

 とりあえず、言われた通りにする。


「送還!」


 僕の言葉に合わせ、炎が手に吸い込まれていく。周囲の視界が、一気に開けた。

 地面が、目の前にあった。


 まあ当然か。僕達は空を飛んでいて、その乗り物であるティアを燃やしたんだ──


「しっ」


 ──……ん〜、復活!

 いやいや、最高に便利だぜ、吸血鬼ってのは。

 起き上がって周りを見ると、平べったい肉塊から元に戻ろうとしているレイと、デカい黒焦げ肉が。


「お〜い、大丈夫〜?」


 一応心配している素振りを見せながら(でも実際ティアがいないと移動速度落ちるのでその点は心配している)、ティアに声を掛けて近寄る。

 うむ、動かん。


「ヘイ、起きろ。ヘイヘイ」


 ペチペチと叩く。皮と肉が融けたり焦げたりしていたので、感触は最悪なそれだったけど。


「おーい……やっべ、起きねーわ」

「死んだんじゃないですか?」


 う〜ん、まさかこんな簡単に死ぬとは。申し訳ないとは思ってないけど、一応手を合わせておいた。

 短い付き合いだったけど、ありがとう。


「……あれ? ショウ様、それ……」

「ん? ありゃ」


 レイの指す先、僕の右手を見てみると、先程描いた魔法陣が輝きを放っていた。


「これなに?」

「恐らく、悪魔からの信号かと」


 もう一度召喚して会ってみてはと勧められた。


 悪魔から……ふぅむ……。

 じゃあ、もう一度召喚する……か?


「召喚」


 呪文を口にする。魔法陣が共鳴するように輝きを増し、捻れた炎が吹き出てくる。

 先程よりも控えめなそれは、次第にとある一つの形を取り始めた。

 そして、炎によって吹いた風のような声がした。


「…………我を召喚したのはそなたか」


 人型となった炎が、僕に語り掛ける。

 どうやら、自我のある悪魔だったらしい。

 聞いてた話と違うんだけど。


「うん、まあ。僕が召喚しました」

「あ、そう。まあそうだよね」


 悪魔の口調から、一瞬で威厳が消えた。

 僕の中の悪魔のイメージがちょっと崩れた。


「それにしては、なんかこう……」


 悪魔はキョロキョロと辺りを見回してから、少し確信のないような風に呟いた。


「……儀式してなくない?」

「あー……してないですね」

「だよね〜、してないよね〜……」


 パチン、と手っぽいパーツを打ち合わせる悪魔。実際は音はしなかったけど、なんていうか、喋り方とか仕草が若干可愛いなコイツ。


 そんなことを考えてたら、レイに睨まれた。

 超能力者かよ。


「……えっじゃあどうやって我召喚したの」

「魔法陣です」

「…………? ま……」

「魔法陣ですよ。ほらこれ」

「……手の平サイズの魔法陣で我が召喚された?」

「ですね」


 悪魔はそれを聞いて、両手と思わしき形をした炎を、顔と思わしき形をした炎に当てた。

 そのまま、うずくまるような姿勢になる。

 そして悪魔の口から、一際大きな風が吹いた。

 今のは溜め息かな、多分。


「……えー? ……我ショックなんだけど。一応我って結構上位の悪魔だよ? 名前も持ってるよ?」

「へー。名前何て言うんですか?」

「ん? 我の名前はイフリートだよ。炎の悪魔」


 ん、聞いたことあるような。ないような。

 って、今はそういう話をする場面じゃなかった。


「結局、用は何だったんですか?」

「あっ、そうそれ」


 僕の台詞に、イフリートはごそごそし始めた。


「よいしょ。この魂さ、さっきの竜から奪ったやつなんだけど、なんか付いてるんだよね」


 どこからか取り出されたのは、真っ白くて綺麗な宝珠だった。しかし、ビー玉よりは大きいくらいのその宝珠の表面には、血の赤がこびり着いていた。


 つーか、よく炎の手で持てるな。器用か。


「この魂に対する支配みたい。それが君と同じ魔力なんだけど、もしかして食べない方がいい?」


 成る程、これが眷属に対する僕の支配なのか。魂から縛っているとは思ってなかったな。

 流石にそんなものは食べたくないよな。


 というか、悪魔って魂食べるんだ。

 レイの顔を見てみた。アホっぽい顔をしていた。

 さっきの聡さはどこいったんだよ、可愛いな。


「あー……じゃ食べないでください」

「うん、分かった。じゃあ元に戻そうか?」


 イフリートはさらっと続けた。

 いやいや、結構驚きなんだが?


「えっ、それ戻せるんですか?」

「戻せるよ。身体が生きてれば生き返るし」

「え〜……じゃあ、まあ、お願いします」

「了解」


 イフリートは魂を持って、ティアの丸焦げ死体に近付き、何やら作業を始めた。

 それを見て、僕は背中に言葉を投げ掛ける。


「めっちゃ色々してくれますね。黙って魂食べたり勝手に帰ったりしてもいいのに」


 僕がそう言うと、イフリートは手を止めず、振り向きもせずに答えてくれた。


「我は、召喚した人を大事にするって決めてるの」

「へーそうなんですね」


 あ、しまった。なんか感動しそうなストーリーの前フリを、心無い言葉でぶち壊してしまった。

 謝らないけど。心の中では土下座しとこう。


「えぇっと……」

「あ、終わった」

「本当ですか?」


 イフリートはティアから数歩離れて、その様子を僕やレイと一緒に見守る。


 三人の視線の中で、ティアの死体は真っ赤な血に包まれて、それが開いた時には、既に消えていた。

 そこに立っていたのは、生命力の溢れる生き生きとした、幼女の姿のティアだった。

 感動しねー。戻ってきやがったか、って感じ。


「……あ〜……何があったの?」

「死んだ。生き返った。以上」

「オッケーもう二度とお前には聞かない」


 相変わらずの素っ気ない態度で僕をあしらって、ティアはイフリートを見た。

 また顔の向きを変えて僕を見る。


「……前言撤回。コイツ誰なの?」

「直接本人に訊けよ。コミュ障かてめー」

「我はイフリートだよ〜」


 コミュ障に優しいめっちゃ話してくるタイプだ。逆にビビって黙っちゃうやつだよそれ。

 自称コミュ障じゃないティアは違ったけど。


「イフリートって、悪魔の?」

「そうそう。我悪魔だよ」

「察し悪いな犬年齢三歳」

「誰が大型犬じゃドラゴンだわ」


 このギャグが通じるとは思わなかった。

 まーそんなことは置いといて。


「……とにかく私が生きてるならいいんだけど……で、これからどうなるわけ? お前が死ぬの?」

「死ぬ訳ねえだろ」

「我帰っていい?」

「あ、どうぞどうぞ」

「うちの主人クソバカゴミクズがすみません」


 詰め込み過ぎだこの駄竜アホ


「また呼ぶかもだけどさようなら〜」

「あ〜うん。じゃあまたね〜」


 手を振りながら、イフリートは消えていった。

 しかし嵐みたいなやつだったな。

 人数が三人から二人になり、そして三人になって四人になって、今三人に戻ったわけか。

 元通り元通り。さて、さっさと町に向かおう。

 おっとその前に、イフリートも消えたことだし。


「もっかい呼ぶか」

「やめて差し上げろ」



───────────────────────

長い間投稿できず申し訳ありませんでした(汗)。

実はカクヨム甲子園の方に力を注いでいまして。

一応最後まで続けるつもりはありますので。

多分短いですけど、応援宜しくお願いします。

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