第7話 嵐の子

 僕は、竜幼女の台詞が引っ掛かった。

 すすけた服を手で払って、彼女に近付き質問する。


「先の二人……って?」

「ん? ……いや、君達より先に、なぜかこの盆地の中からやってきた人間だよ。……まあ、君は人間じゃなかったみたいだけど」


 僕達より先に、中から……?


「この盆地、外から入るのは難しいはずだけどね。かと言って、中に集落はないし」

「……その二人って、いつ来たの?」

「ん〜? 二人一緒でね、昨日だったかな。君達と違って、最初から対話で始めてくれたよ」


 若干恨みがましい視線を送られている気がしたので、心の中で全ての罪をレイになすり付けておいた。


 しかし、中から来た人間……それに、二人組。

 いや、焦るな。まずは事実を確認せねば。


「他に覚えてることは? 例えば、名前とか」

「あのさぁ、君図々しくない? 私竜なんだけど」

「いや、僕不死身の吸血鬼だし」

「そっかぁ……。まあいいよ、どうせ暇だったし、お喋りは好きだからね。その二人──どっちとも女の子だったんだけど。その内、髪が短くて背の高い方が剣士で、髪が長くて背の低い方が魔法使いって言ってたよ。名前は、なんだったっけ……」


 それだけじゃあ分からない。名前が知りたい。

 僕は堪えきれず、返答を待たずに質問した。


「まさか……真夜まよ小夜さよって名乗らなかったか?」

「……お? んっふっふ、探し人がいるのかな?」


 竜幼女はいやらしく笑う。

 それに加えて、見た目の年齢に不相応な、大人の女性みたいな喋り方も、僕の神経を逆撫でした。


「……そうだよ。だから思い出してくれないか」

「いや、いや。そうだね、うん、思い出した」

「本当に!?」


 僕が彼女に詰め寄ると、立ち上がってニコリと微笑み、こう言った。


「教えてあ〜げない♡」


 次の瞬間、辺りに響いたのは怒号ではなく金属音であり、散る火花は表現ではなく現実であった。

 僕の腕と、竜の腕が、交差していた。


「ちょ、気が早いなぁ!」


 血鋼ヘルメタルを纏った腕を、銀鱗を纏った小さな細腕で、竜は易々やすやすと止めてのけた。

 少しの動きで、弾かれたように振り払われる。


「も〜、ほんのたわむれじゃん! ──って危なっ!」


 次に竜を襲ったのは、レイの拳だった。

 人の姿のままだが、背中には黒い翼があり、側頭部からはねじれた角が生えていた。


「なんで君も敵対するのっ!?」

「ショウ様の敵は、私の敵です」

「オッケー成る程ね!」


 僕の視界から、竜が消える。


「──じゃあ、二人共私の敵って訳だ」


 遠くから、竜の声が聞こえる。竜が移動したのではなく、僕が吹き飛んでいたのだ。

 身体を起こすと、既に竜は目の前にいた。


 腕を振り下ろす。


 腕がなかった。


「この形態の私は、基本的に速さに重きを置いているんだよね。まあ、人間の肉体で防御捨ててるとは言っても、鱗を出せば防御も出来るんだけど」


 両手に他人の腕(勿論僕の腕)を二本持っていた竜は、それを遠くまで投げ捨てた。


 一度姿がかき消え、すぐにまた現れる。

 レイの身体を持って。


「この子が死んでもいいの? と言っても、この子がどうすれば死ぬのか分かんないけど。粉々にした後で燃やせばいつかは殺せるでしょ」


 要は、竜はレイを人質にしたのである。

 それを見て、やっと僕に正気が戻った。

 そのあまりの可笑おかしさに。


 レイが、僕を見る。会って一日目の、以心伝心。


「ぴゃっ」


 竜の喉から、変な音が漏れる。僕の腕が、レイの身体と竜の腹を串刺しにしていた。

 レイが、満足そうな微笑みを浮かべる。


「……マ〜ジかよ、即断即決とか。腕治ってるし」


 流石にそれは、想定外だったかな。そう竜は血と一緒に口から吐き出して、身体の力を抜いた。

 膝から崩れ落ちそうになるのを、突き刺さっている腕を抜かずに持ち上げることで無理矢理止める。


「……何? 痛いから早く殺してほしいんだけど。あ、名前は言わないよ。無駄死にになっちゃう」

「……本当にお喋りが好きだな、お前は」


 竜の顔を、僕の目と鼻の先のまで持ってくる。


「なにを……。──ッ!」


 僕は唇で、竜の言葉をさえぎった。


 後でたっぷり聞いてやるから、今は黙ってろ。


✝ ✝ ✝


 嵐などない、綺麗な青空の下。

 と言っても、今の僕は青空が嫌いだが。


「はいは〜い」


 それは、黒いワンピースを身に着けた、銀の髪と瞳を持つ小さな女の子だった。

 少女というより、幼女。

 そして、地面に這いつくばるその幼女の背中に、一人の青年が無造作に足を乗せていた。

 勿論、竜と僕である。

 ちなみに、竜幼女と僕に魔法で新しい服を作ってくれたレイは、現在椅子の役目に徹している。


「はいどうぞ、クレオスティアさん」


 先程、彼女に優しく訊いて知った名前を呼ぶ。

 

「死刑がいいと思いま〜す」

「個人的な都合で却下します」

「死ね」

「残念だったな、僕は不死身だ」

「じゃ社会的に死ね」

「残念だったな、その点はもう手遅れだ」


 舌を噛むためとは言え、幼女にキスするとか、僕は正直どうかしてたと思う。それも、当然ディープなやつだから、どうしようもない。

 血に酔って血迷って、どうしようもない。

 鱗で防御されないであろう場所を選んだのだが、まったく別の墓穴を掘った気がする。

 今だって、尻と足の下から、二つの視線が痛い。


「なら降ろせよ足」

「すごく嫌だ」

「ガキかよ……」


 その見た目のお前には言われたくないよ。

 僕に少女趣味も幼女趣味もない。

 と言うか、絶対中身は幼女じゃねぇだろ。


「つーかティア、お前何歳なの?」

「略してんじゃねーよ。私は、えー……27歳だね」


 へぇ、想像より若いな。いや、それでも僕よりは年上だけど、レイの年齢が三桁だからなぁ……。


「なんでそんな見た目なの? 若作り?」

「誰が幼いねと言われて喜ぶかい。私は竜だから、成長速度が遅いんだよ」


 ほう。じゃあ竜の姿も、あれで幼体なのか。


「ま、そうなるね。竜はすごいんだよ? 敬いな」

「やだね。特に僕の奴隷は敬わない」

「奴隷言うな。……くっそ、舐めなきゃよかった」


 ふはは。今更後悔しても遅いぜ。

 僕は心の中でティアを嘲笑いつつ、現実では背中にかかとを食い込ませることで感情を表現した。


「私の血を吸いやがって。竜の力も使う気か?」


 と、ティアが突然、変なことを言い出した。


「ん? え、何言ってるの?」

「は? いや、だから竜の力だよ。血を吸ったら、その血を媒介に力を使えるんでしょ、吸血鬼は」

「知らん」

「マジでか」


 そうか、あの時レイと同じ翼に変化した血は、僕がレイから吸っていた血だったのか。

 じゃあ確かに、竜の力も使えそうじゃないか?


「使えるんじゃない? って、喋り過ぎだろ、私」

「お喋りで助かってるよ」


 うん、後で実験しておくか。


「その時は干からびるまで血を吸うかな」

「やめろ。なんかあれちょっと、恥ずいっつーか」

「血液パックの気持ちなんざ知るかよ」

「血管に炎流し込んだろか」


 さて、お戯れはさておき。

 当初の目的を見失う前に、行動に移さねば。


「で、真夜と小夜だったのか?」

「あ、その話する? まあ言わないけど……」


 むう、強情な。


「言え」

「むぐ……」


 僕が命令すると、ティアが変なうめき声を出した。

 口が勝手に動こうとするらしい。


「うぎぎ……言ってたよ、確かに!」

「本当か!」


 ティアの台詞に、思わず足をティアから降ろす。

 僕の魔手、つーか魔足から解放されたティアが、手足に付いた土を払いながら立ち上がった。


「むう……独特な名前だけど、誰なわけ?」

「ああいや、僕の姉と妹なんだけど……まさかとは思ったけど、本当にこっちの世界に来てたなんて」

「は? なに、コイツもしかしてヤバいの?」


 レイに尋ねるティアだが、残念、それは椅子だ。


「僕は異世界から来たんだよ。元々人間」

「嘘吐くなよ。鬼じゃん」

「鬼だね。吸血鬼だし」


 と言うか、僕のことはどうでもいいんだって。


「そいつらがどこに行ったか分かる?」

「分かるけど言わな〜い」

「言えって」

「うぐ……」


 学習しないかなぁ。


「ここから見える町の方に行った! っはぁ……」


 勝手に動く口が言い切って、ティアが溜め息を吐いた。それはどこか、恍惚とした溜め息だった。

 やば、何これハマるかも……、とか言っていた。

 意味分かんない。気持ち悪っ。


 ティアは放っておいて、レイから降り命令する。


「レイ、町が見えるか?」


 命令に従い、レイは翼を広げ飛び上がる。

 数秒滞空した後、舞い戻った。


「ありました」

「よし」

「私嘘吐かないよ〜」


 無視。


 さあ、ようやくこの盆地を脱して、人里に辿り着くことができそうだ。

 よし、銀の竜の背に乗って、町に行くぞ!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る